ふること

多分、古典文学について語ります

よりを戻した夕霧夫婦と、別れてしまった髭黒夫婦と。

髭黒夫婦と夕霧夫婦の決定的な違い:結局よりを戻したということ

雲居雁と髭黒北の方のシチュエーションが似ている…という話をしたのですが、一方で、髭黒北の方は夫と完全に離婚してしまい、雲居雁は結局よりを戻した…というところが決定的に違うわけです。

 

なぜ雲居雁と夕霧はよりを戻したのか?戻せたのか?

また、たとえば紫の上の場合、夫と別れたわけではないけれど、思いつめて(?)病になり死にかけたり、あまり丸く収まった気配でもありません。少なくとも、女三宮の件で決定的に源氏との間で変わってしまったものがあり、元には戻れなかった。

 

しかし雲居雁の場合、家出までしたのにいつのまにか元鞘に収まっていて、物語中、よりを戻した経緯すら全く書かれておらず、ただ、夕霧が「一夜おきにきっかり15日ずつ雲居雁と落葉宮のもとに通うようになった」ということが分かるのみ。

その後の夫婦仲がどうかというと、描写は少ないのですが、「竹河」巻には、玉鬘の娘に失恋した息子が落ち込んでいるのを見て雲居雁は涙ぐんで心配しており、それに対して夕霧が「自分が無理にでも玉鬘に頼めば良かった」と言っている…という、夫婦揃って親バカ炸裂しているというか、妻の涙を見てフォローしたくて言ったのか、ともかく、柏木のことで夫婦なかよく一喜一憂してた頭中将夫妻と同じような雰囲気です。
まわりの評価も「双方に羨みがないようもてなしている」といった感じで、何というか事も無げというか、意外に平和に収まってしまっているという。

あれだけ揉めたのに、いったい何がどうなってよりを戻せたのでしょう…

 

家出した妻を迎えにいった時の夫の態度の違い

そもそも、髯黒北の方が実家に帰ってしまった時も髭黒は迎えに行ってますし、夕霧も雲居雁が実家に帰ってしまった時に、「父大臣の手前もあるので」と迎えに行ってます。

しかし、迎えに行って妻とやりとりする時の態度には、かなり違いがあります。

 

北の方が実家に帰ったと聞いた髭黒は、

「いと若々しき心地もしはべるかな。思ほし捨つまじき人びともはべればと、のどかに思ひはべりける心のおこたりを、かへすがへす聞こえてもやるかたなし。今はただ、なだらかに御覧じ許して、罪さりどころなう、世人にもことわらせてこそ、かやうにももてないたまはめ」など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見たてまつらむ」と聞こえたまへれど、出だしたてまつるべくもあらず。(真木柱)

「たいそう大人げないような気もいたします。お見捨てになられるはずもない子供たちもいますから、と、のんびり構えていましたお詫びを、繰り返し申し上げても仕方がありません。今はただ、穏便にお許し下さい。言い逃れる余地もないように世の中の人たちも納得するようなことになったなら、このようになさるのも分かりますが」などと、申し上げる言葉にも困っていらっしゃった。「姫君にだけでもお会いしたい」と申し上げなさるが、北の方は姫君を大将の前にお出し申し上げるはずもない。

髭黒は、この部分のちょっと前のあたりで、内心で「自分は、妻の物の怪つきのおかしな振る舞いを長年大目に見てきたのに」と不満に思っていましたが、いざ妻を迎えに来た時は、さすがにそんなことは口には出しません。

実家に帰られてしまったという状況を「若々し」く感じる、つまり大人げないと非難がましく言いながらも、一応は下手に出て謝罪しつつ、子供たちを口実に、穏便に済ませてくれと頼み込み、娘に会わせてくれと要求します。しかしあっさり断られます。

 

一方で夕霧。

「今さらに若々しの御まじらひや。かかる人を、ここかしこに落しおきたまひて、など寝殿の御まじらひは。ふさはしからぬ御心の筋とは年ごろ見知りたれど、さるべきにや、昔より心に離れがたう思ひきこえて、今はかく、くだくだしき人の数々あはれなるを、かたみに見捨つべきにやはと、頼みきこえける。はかなき一節に、かうはもてなしたまふべくや」と、いみじうあはめ恨み申したまへば、

「今さら大人げないご交際をなさっているのですね。このような幼い人たちをあちこちに落としおきなさったりして、なぜ寝殿で姉君とお話などされているのです。私にふさわしくないご気性だと長年分かってはいましたが、前世の深い因縁でもあったのか、昔からあなたのことを私は忘れがたくお思い申し上げていて、今はこうして、煩わしい子供たちもたくさん可哀想な様子でいるのに、お互いに見捨ててよいものかと思ってあなたを頼みにお思い申し上げていたのです。ちょっとしたことで、こんな風になさってよいものでしょうか」と、ひどく非難しお怨み申し上げなさったので、


のっけから、雲居雁が子供たちを邸や実家の部屋に置いて、姉女御と話をしに行っていることを非難。
おまけに「ふさはしからぬ御心の筋とは年ごろ見知りたれどあなたの性格は私にふさわしくないって知っていたけれど」などと、真っ向から妻をディスっています
普段から妻を「鬼」呼ばわりしていたらしきことは、家出前のケンカでも話題に出ていましたから、夕霧は妻に対してはかなり口が悪い。というか、ずけずけ言うんですね。

その上で、子供たちを口実に、「こんなちょっとしたことで、子供たちを置いて家出するなんて」と攻め立てます。

他に妻を作ってくることがちょっとしたことですかそうですか。

髭黒に比べて、夕霧はずいぶんと妻に対して大上段です。髭黒は妻を内心でディスってても口には出さなかったのに、夕霧は言いまくり。
しかもこれ、直接言い合ったわけではなく、女房を介してのやりとりなんですよ。遠慮のエの字もありませんね、夕霧さん。

自分が妻を裏切っておいて、それで怒って家出した妻を迎えに来ておいて、こんだけ大上段な態度に出られるというのも珍しいんじゃないだろうか。

それに対して雲居雁の返答はこんなです。

 

「何ごとも、今はと見飽きたまひにける身なれば、今はた直るべきにもあらぬを、何かはとて。あやしき人びとは、思し捨てずは、うれしうこそはあらめ」と聞こえたまへり。 
「なだらかの御いらへや。言ひもていけば、誰が名か惜しき」とて、しひて渡りたまへともなくて、その夜はひとり臥したまへり。(夕霧)
「今となってはもう何もかも、あなたは私に飽き飽きなさってしまったのですから、今さら直るはずもないものを、どうしようもないと思いまして。みっともない子供たちのことは、お見捨てにならなければ嬉しく思いますわ」
とお返事申し上げなさった。
「流暢なお答えですね。煎じ詰めればあなたの不名誉になることでしょうに」と言って、あえてこちらにいらっしゃいとも言わずに、その夜は一人で寝てしまわれた。

どうせもうあなたは私のことが何もかも気に入らないのでしょ。「ふさわしからぬ」なんておっしゃる私の性格だって、今さら直しようもないんだからどうしようもないわ。こうして私たちの仲がおしまいになっても、子供たちのことはお見捨てにならないと嬉しゅうございますわ。


雲居雁も、負けてはいません。

夕霧が子供たちのことを「くだくだしき人」と言って、「あなたは子供たちが煩わしくて、邸に残したり部屋に残してよそに遊びにいったりしてるんだろう」みたいに皮肉を言ったのに対し、「あやしき人々」と答えて、「みっともない怪しげな子供たちで悪うございましたわね」的に答えています。

夕霧は、大上段に出て非難すれば、慌てて反省して妻が戻ってくるとでも思ったのかも知れませんが、かえって開き直られてしまったので、「結局はあなたの名折れになることなのに」とぶつくさ言い、そのまま子供たちと一緒に寝てしまいます。

そして、うんざりしながら眠って翌朝になってどうするかというと…
改めて妻を脅しにかかります。大上段な態度は変わっていません。

「人の見聞かむも若々しきを、限りとのたまひ果てば、さて試みむ。かしこなる人びとも、らうたげに恋ひきこゆめりしを、選り残したまへる、やうあらむとは見ながら、思ひ捨てがたきを、ともかくももてなしはべりなむ」と脅しきこえたまへば、すがすがしき御心にて、この君達をさへや、知らぬ所に率て渡したまはむ、と危ふし。

人が見たり聞いたりしても大人げないと思うでしょうから、あなたがもう終わりだとおっしゃっておしまいになるのであれば、そのように試してみいましょう。あちらの邸に残っている子供たちも、いじらしげにあなたのことを恋い慕い申し上げているようですが、あなたがわざわざ選んでお残しになったのも、わけがあるのだろうとは思いますが、私は見捨てがたいので、どうにかお世話することにしましょう」と脅し申し上げなさったので、思い切りのよいご気性だから、この子供たちさえも知らない所へ連れて行ってしまわれるだろうか、と、北の方は危うくお思いになる。


あなたが別れるっていうならば、試しに別れてみましょうか」と夕霧は妻を脅します。
おまけに、「あなたは気に入らない子供たちを邸に残したのでしょう」と皮肉り、「あなたが見捨てたそんな子供たちでも、私は見捨てられないので、どうにかお世話することにしますよ」と仄めかします。
雲居雁は、あっさり脅しに引っかかり「もしかして、子供たちを新しい妻のところに連れていくつもりでは…」と不安になります。

しかしそんな不安を感じたわりには、雲居雁は姫君をも夕霧に会わせているんですね。

 

姫君を、「いざ、たまへかし。見たてまつりにかく参り来ることもはしたなければ、常にも参り来じ。かしこにも人びとのらうたきを、同じ所にてだに見たてまつらむ」と聞こえたまふ。
まだいといはけなく、をかしげにておはす、いとあはれと見たてまつりたまひて、
「母君の御教へにな叶ひたまうそ。いと心憂く、思ひとる方なき心あるは、いと悪しきわざなり」と言ひ知らせたてまつりたまふ。

大将は、姫君に「さあ、こちらへいらっしゃい。あなたにお会いしにこちらにまいるのもみっともないことだから、私はいつもこちらにはこられません。あちらにも可愛い子供たちがいるのだから、同じ場所でお世話いたしましょう」と申し上げなさる。

姫君は、まだたいそう幼く、きれいな様子でいらっしゃるのを、たいそう愛しく思いながらご覧になって、
「母君のお教えになることに従ってはいけませんよ。たいそうなさけなく、物分りが悪いところがあるのは、とても悪いことです」とお教え申し上げなさる。


夕霧は、娘を「一緒に三条邸に帰ろう」と説得しつつ、かつ、「お母様みたいになっちゃいけませんよ」と妻の悪口を言い聞かせています。(ってか子供に悪口いっちゃダメだろ…)が、
まあ何ていうか正直、自分の浮気を棚に上げて妻を責めまくって子供にまで妻に悪口をいう夕霧クン、大変おとなげないですね

妻に家出されて、逆ギレしまくっております。

 

遠慮がちに物を言っている髭黒と比べると、言いたい放題な夕霧

そこまで言っちゃうの、という感じで、この時はこれで物別れになってしまいます。

 

関係の修復に向かいそうもない「夕霧」章での描写

その後、雲居雁の父大臣も「家出してきたのは軽々しいしもうちょっとそのまま様子を見るべきだったけど、家出してしまったものは仕方がない」と言って、娘をすぐに帰そうともしません。

夫の側は、自分が他に新しい妻を作って妻を裏切っておきながら、妻を責め立てることしかせず、しまいにはお互いに「別れよう」とまで言って物別れになり、夫は新しい妻のご機嫌とりに何日も右往左往。妻はどうしようもなくて嘆くばかり。

そんな状態で、章の最後は「この御仲らひのこと、言ひやるかたなく、とぞ」と締めて、その後どうなったということを書かずに終わりになります。

これはもう、修復難しそうって思いますよね。

 

なぜか、いつのまにかよりを戻している…

それなのに、2年ほど後の紫の上の死後の五節の頃には、雲居雁の弟たちが、夕霧の父である光源氏の邸に『思ふことなげなるさま』で夕霧と雲居雁の子供たちを連れてきているわけで、夕霧と雲居雁はとっくの昔によりを戻していることが間接的に分かるわけです。

その間の事情、語られず。

髭黒の北の方については、ちらちらと「すっかり別れてしまったけれど生活の面倒などは髭黒が見ていた」とか「真木柱の姫君は、髭黒の反対にも関わらず式部卿宮が蛍兵部卿宮と結婚させた」など語られているのですが…

 

似たようなシチュエーションで、妻の家出と迎えに行った夫との決裂という経緯を辿ったのに、なぜ正反対の結果になったのか。
なぜ作者・紫式部は「よりを戻した」経緯を書かなかったのか。

 

ここはやはりこれだけ詳細に夕霧と雲居雁夫妻について描いてきて、さりげなく紫の上・髭黒の元北の方との対比を浮き彫りにさせてきた以上、作者としては「ここまで描いてきたことで、どうして結果が違ったのか分かるでしょう」と言いたいのかな、と思うのです。

 

ひとつの伏線は、雲居雁の父大臣が、夕霧の新しい妻の落葉宮に圧力をかけたこと。
落葉宮の立場からしたら、夕霧が雲居雁と本当に別れてしまったら、有力者一族を完全に敵に回してしまうことになるわけで。

もうひとつの理由は何かというと…陳腐なようですが、やっぱり愛情と信頼の違いなんだろうな~と思います。
それは髭黒とその北の方との描写の違いでは顕著であるのですが、源氏と紫の上の描写との比較でも、どこかしら違っている部分だと思うのです。

以下次号…