ふること

多分、古典文学について語ります

夫が新しい妻の元へ行くのを見送る妻たち2-2~女三宮降嫁直後の紫の上

 

 さて、いざ女三宮降嫁後の紫の上の心境です。

対の上も、ことに触れてただにも思されぬ世のありさまなり。 げに、かかるにつけて、こよなく人に劣り消たるることもあるまじけれど、また並ぶ人なくならひたまひて、はなやかに生ひ先遠く、あなづりにくきけはひにて移ろひたまへるに、 なまはしたなく思さるれど、つれなくのみもてなして、御渡りのほども、もろ心にはかなきこともし出でたまひて、 いとらうたげなる御ありさまを、いとどありがたしと思ひきこえたまふ。

対の上(紫の上)も、折に触れて何もないようにはお思いになれない状況でした。
本当に、このようなことでひどくあちらにひけを取って影が薄くなるようなことはないだろうけれども、このように並ぶ人もない状況に馴れてきていて、華やかな様子で将来の長い若い女三宮が侮りがたいご様子で六条院に移っていらしたので、(紫の上は)何となく体裁が悪いようにお思いになるけれど、あえて平静を装って、女三宮が六条院へお渡りになるにあたっても、六条院と心を合わせてこまごまとした準備もなさって、たいそういじらしいご様子であるのを、六条院はめったにない素晴らしいことだとお思い申し上げなさる。

 紫の上は、女三宮が降嫁してきたからといって、夫の愛がすぐさま女三宮に移って自分への愛情が劣ってしまうようなことになるとは思わないけれども、今まで六条院の一の人として君臨し、その状況に馴れてきた中で、侮るわけにはいかない高い身分の正妻として女三宮が現れることを、「なまはしたなく」(どっちつかずで落ち着かない、中途半端だ、きまりが悪い、体裁が悪い…といった感じ)思います。

ポイントは、やはりここでも、源氏の愛情自体をすぐに疑っているわけではないけれど、この状況が「きまり悪い・体裁が悪い」と感じていること。

しかしその内心を表さずに女三宮降嫁準備のための雑用を、源氏と共にあれこれしてやっている態度に、源氏は感激しています。
ある意味、源氏にとっては大変幸先が良い、都合の良い態度を紫の上は取っているわけです。

 

なお、降嫁後に光源氏女三宮に行くところを見送る紫の上の心境描写は以下のようです。

三日がほどは、夜離れなく渡りたまふを、 年ごろさもならひたまはぬ心地に、忍ぶれど、なほものあはれなり。 御衣どもなど、いよいよ薫きしめさせたまふものから、うち眺めてものしたまふけしき、いみじくらうたげにをかし。
六条院が3日間は夜離れなく続けて女三宮のもとにお渡りになるのを、(紫の上は)長年そのようなことに(続けて他の女性の元に夫が通うことに)慣れていらっしゃらないので、我慢はなさるけれど、やはり何となく寂しく感じる。(六条院の)ご衣装などに、いっそう香を薫きしめさせなさりながら、物思いに沈んでいらっしゃるご様子が、たいそういじらしく美しい。

 新妻のところに通うために身仕舞いをするのに、妻の前で夫の衣服に香を薫きしめる…というのが定番の描写ですね。
ここでは、何も言わずただ物思いに沈んでいて、その様子を源氏が「らうたげにをかし」いじらしく美しいと見ています。
そして

「 などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ。 あだあだしく、心弱くなりおきにけるわがおこたりに、かかることも出で来るぞかし。若けれど、 中納言をばえ思しかけずなりぬめりしを」

いかなる事情があったからといっても、他の妻をこの人に並べて見るべきではなかったのに。浮気性で、心弱くなってしまった私の過失のために、このような事態になってしまったのだ。若いけれど、中納言のことは朱雀院も女三宮の婿として検討することができなくなったようであるのに。

と源氏は後悔します。


中納言というのは息子の夕霧のことで、朱雀院は最初に夕霧を女三宮の婿として第一候補にしていたのですが、夕霧は、ちょうど長年の想いが叶って三条の北の方、雲居雁と結婚したばかりでした。
実際、朱雀院が夕霧と対面した時に、女三宮のことをさりげなく仄めかしたことがあったぐらいです。なので、そこで夕霧が前向きな意向を漏らせば、とんとん拍子に女三宮は夕霧へ降嫁することに決まったに違いないのですが、夕霧としては、内親王を妻にするのは名誉なことだとは思うものの、

「女君の今はとうちとけて頼みたまへるを、年ごろ、つらきにもことつけつべかりしほどだに、他ざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今さらに立ち返り、にはかに物をや思はせきこえむ、なのめならずやむごとなき方にかかづらひなば、何ごとも思ふままならで、左右に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめ」

女君(妻の雲居雁)が、今は安心と心を許して自分を頼みに思っていらっしゃるのに、長年あちらの薄情な扱いにかこつけることができた間ですら他の女をという心もなく過ごしてきたのに、今更分別もなく後戻りして、急に物思いをおさせしてしまうことになる。並一通りでなく高貴な方に関わりができたら、万事自分の思う通りにもならず、両方を気遣って、自分も辛いに違いない。

と考えて、女三宮降嫁の件は見送るのです。

 

ってか夕霧クン。この時点ではとっても立派です。その理性をなんで中年になっても保っていられなかったのか。


夕霧のこの述懐は、後年の夕霧自身と雲居雁の関係にそのまんま当てはまる内容ですがね。まあこの時点で女三宮が夕霧に降嫁していれば、女三宮が第一の妻、雲居雁が第二の妻みたいになったでしょうから、後年の落葉宮との恋愛?沙汰の方がまだマシだったでしょうね。

にしても、息子が「自分を信頼しきっている妻を裏切って物思いをさせるのが可哀想だ」と妻を思いやり、また「高貴な人を妻にすると、両方に気を遣って大変だ」と自分自身についても冷静に予測できているのに、なんで光源氏はその程度の理性もなかったんですかね?

何でもかんでも、源氏は藤壺宮がちょっとでも関わると理性が飛ぶっていうのはあるけれど
後年の夕霧も理性吹っ飛んでますが、まあそれは落葉宮への恋そのもので理性吹っ飛んでるんであって、ありがちな話かも知れないけど、なんつーか源氏は女三宮への恋で理性吹っ飛んでるわけですらないところがたち悪いですね。

ここで源氏は一度紫の上の信頼を裏切ってしまった訳ですが、結果論としては、源氏の紫の上への愛情は、女三宮の降嫁後も変わることはありませんでした。

もし女三宮が源氏の期待した通り、美しく知的な少女だったらどうなったのか?それは分かりませんが…

しかしとりあえず、源氏は大切に育てられた皇女にも全く見劣りすることなく、知性も教養も美しさも、何もかもが素晴らしい紫の上への愛情を新たにします。

 

しかし、紫の上はこの時点では、前述のように決して源氏の自分への愛情自体にそこまで不安を覚えていた訳ではないようなのです。

ある意味それもすごいというか…

30歳過ぎて、夫が十代の若い妻を迎えているのに、それが恋愛結婚ではないからというのもあるのでしょうが、ここまで落ち着いてふるまえる紫の上の自信も大したものだ…という気がします。

若い妻を迎える準備に協力し、何も言わずに支度を手伝い、文句の一つも言いません。

 

それでも物思いに囚われている様子に、源氏は後悔に駆られて必死に慰めようとし、自分の愛情が変わらないことを訴えようとしますが、さすがに朱雀院の手前あまり女三宮を軽んじるわけにも行かないので、「もうあちらには行きません」とも誓えず、逡巡します。

紫の上は「ご自分でもお心を定めかねていらっしゃるのに、私には何ともあてにできませんわ」とほほえみながら軽くいなします。

源氏は、紫の上が手習いで「あてにならない夫婦仲なのに、頼みにしてしまったことだ」といった意味の古歌を書いていたのを見て、変わらぬ仲を誓うような歌を書いたりしていて、女三宮のところに行かねばならない時間になってもなかなか行きません。

それを紫の上は「かたはらいたきわざかな/心苦しいことですわ」と言って、出かけるように急かします。

 

 

この「かたはらいたきわざかな」という言葉は、女三宮にとって「かたはらいたし」ならば「早く出かけないとあちらにとって気の毒ですわ」とも解せるし、あるいは、自分にとって「かたはらいたし」つまり自分が決まりが悪い、恥ずかしい…という風にも解せます。

後者なら、「源氏があちらに行くのが遅くなると、自分が引き止めているように思われて決まりが悪い」といったニュアンスになりますね

どうなんでしょうね。後者と取る方が素直かも知れません。

 

そう言って源氏を送り出した紫の上の胸に去来していたのは、愛情を裏切られた思いなのかどうか…?

源氏自身が必死に変わらぬ愛を誓っていることもあり、紫の上はやはり、どちらかというと源氏の愛情が移ろうことよりも、自分の立場、体裁のことを気にしている雰囲気があります。

この時点で、既に、愛情の問題と考えている源氏と紫の上の間に溝ができてしまっている、不穏な雰囲気があるわけです。

 

というところまでで以下次号。

夫が新しい妻の元へ行くのを見送る妻たち2~紫の上

 

源氏物語に描かれた、「夫が新しい妻を作り、元からの妻が、夫が新しい妻の元へ出かけていくのを見送る」という場面。

最初に描かれたのは、紫の上の異母姉、式部卿宮の長女と髭黒大将との場面でした。

結局、式部卿宮邸に引き取られた北の方は髭黒大将とは離婚してしまい、娘の真木柱の姫君は、父髭黒が反対したにも関わらず(おそらく髭黒は姫君を入内させたかったんでしょうね)、祖父式部卿宮の世話で蛍兵部卿宮と結婚するが、あまりしっくりいかず…ということになりました。

 

紫の上からすると、自分の夫の養女(玉鬘)が髭黒大将の新しい妻であるため、自分が恨まれてしまう…と困惑しており、実際、姉も継母もその通り紫の上をひどく非難したり恨んだりしていたわけですが、その後しばらくたって、今度は自分が姉と同じ立場に陥ってしまう羽目になります。

髭黒大将と前の北の方との離婚騒動の2~3年後ぐらい、光源氏が四十の賀を迎える頃。
三十一~三十三歳ぐらいだった紫の上は、夫が朱雀帝の女三宮を正妻として迎えることとなり、それまでの「正妻同等」として六条院の事実上の女あるじとして君臨していた立場を追われてしまうことになります。

 

紫の上の立場~「対の上」という呼称

原典での紫の上の呼称に「対の上」という呼び方がありまして。

大鏡とか栄花物語とかもかな?「対の御方」「対の君」という呼び方はそれなりに他作品でも見かける呼び方なのですが、だいたいは「上」ではなくて「君」か「御方」で、召人(女房身分で主人の愛人になっている人)とか女房身分だけどその中ではちょっと地位が高そうな人とか、妻の一人だけど第一の妻ではない妻だとか、そういう人に使われていることが多いです。

「対」というのは、寝殿造のメインの寝殿ではなく、それに付属した建物ですが、その「対」に住んでいる御方とか君とか、そういう感じです。
寝殿に住まう妻は「北の方」なわけで。それよりちょっと落ちる感じ。

ただ、「対の御方」「対の君」といっても、ただ「対に部屋をもらって住んでいる」というだけでなく、「対にお住まいの方」として、対の建物がその人の居住区域として認識されているようなニュアンスになるわけですから、屋敷の主人にそれなりに重んじられている立場の人、という感じの呼称なわけです。

そしてまた「上」と「御方」「君」を比べると、呼び方のランクとしては、「上」の方が「御方」よりも敬意が上というか、地位が上というか。

「上」と呼ばれている場合、「北の方」とほとんど同じようなニュアンスで使われることも多いイメージかな。「上」は「主人」というニュアンスですから、女主人に使う呼称であって、ただ「御方」というのよりも格上な感じです。


「対」という寝殿よりも格が落ちる建物と、「上」という格上な呼び方とを組み合わせてある「対の上」というのはかなり特殊な呼び方で、こんな論文もあったりします。

 

「対の上という呼称」ーー特異な呼称の描くもの(鵜飼祐江)※「祐」は「示」偏

https://www.jstage.jst.go.jp/article/chukobungaku/85/0/85_63/_pdf

 

なお、上記の論文には、北の方が必ず寝殿に住むわけでもないとして、蛍兵部卿宮に死に別れた後、紅梅右大臣の北の方になった真木柱の姫君は「北の対」に住んでいたと推定されると記されています。
真木柱がどこに住んでいたかはっきり書かれているわけではないので、何とも言えないのですが…
一応気になるのは、紅梅の右大臣は、光源氏女三宮の降嫁を受けたのと同じように、今上帝の女二宮を自分のものにしたいと考えて運動していて、結局女二宮が薫と結婚したのを不満に思ってたりするんですね。
おいおい真木柱はどうするつもりだったんだよ、的な。


…紫の上の話に戻ると。

 

彼女の源氏の妻としての立場は議論になりがちなところですが、少なくとも女三宮が六条院の表向きの女あるじになるまでは、紫の上が正妻と同等の立場だったということは言えるでしょう。

しかし、親が認めた正式な結婚をした仲ではない、という「立場の軽さ」「不安定さ」は常に紫の上につきまとっていて、それが「対の上」という特殊な呼称にあらわれている…ということは確かに言えるところなのかな、と思います。

 

女三宮の降嫁が決まった時の紫の上の心境

女三宮の降嫁については、姉の髭黒大将と違うところはどこかというとやはり、「恋愛の上で夫が新しい妻を得たというわけではない」というところでしょうか。
髭黒は玉鬘に熱心に言い寄った挙げ句、女房の手引で寝所に忍び込んで結婚したわけですしね(但し玉鬘の父内大臣の内諾は得ていた)。

源氏は、朱雀院と対面した時に女三宮を妻として貰い受けて面倒を見ることを承諾して帰ってきて、さっそくくどくどと紫の上に言い訳をします。

人づてだと今まで断ってきたんだけれど、面と向かって頼まれたら断れなかった、とか。朱雀院がお気の毒で断れなかったとか。

「あぢきなくや思さるべき。いみじきことありとも、御ため、あるより変はることはさらにあるまじきを、心なおきたまひそよ」

「あなたは面白くないとお思いになるでしょう。どんなことがあっても、あなたの御ために今までと変わることは決してありませんから、気にしないで下さいよ」

などなど、一生懸命源氏クンは紫の上に言葉を尽くします。源氏としては、

はかなき御すさびごとをだに、めざましきものに思して、心やすからぬ御心ざまなれば 「いかが思さむ」と思すに、いとつれなくて、

紫の上は、ちょっとした浮気事ですら、目障りで気に入らないものとお思いになって、心穏やかでいらっしゃらないご性分なので、「どのように思うだろう」と源氏は思っていらっしゃたが、紫の上は非常に冷静で、

もともと、源氏が紫の上が嫉妬する様子を可愛く思っていた…という話は、以前しましたが、呑気にまた彼女が嫉妬するのではないかと予想していた源氏は、紫の上が非常に冷静な返事をしたので驚きます。

そしてこんなことを言う。

「 あまりかううちとけたまふ御ゆるしも、いかなればとうしろめたくこそあれ。まことは、さだに思しゆるいて、われも人も心得て、なだらかにもてなし過ぐしたまはば、いよいよあはれになむ。

「あまりこう気安くお許し下さるのも、どういうことなのだろうと不安に思います。それはまあともかくとして、もしそのように許して下さって、自分もあちらも事情を心得て、平和に暮らして下さったら、たいそうありがたいことです」

 

紫の上に嫉妬してもらえないのがちょっと寂しかった源氏くん。愛の確認だもんね、ヤキモチは……

 

でも、ちょっとした浮気ならともかく、紫の上としては、自分より立場が上のれっきとした正妻ができるとなれば、「嫉妬」どころではないわけです。
呑気なことを言ってる源氏クンに、ちょっとここはイラっとしますね。

 

そして源氏クン、「色々いう人がいても聞き入れなさるな」など「いとよく教へきこえたまふ」、要は説教をする。
上から目線ですな。


紫の上は、自由恋愛で出てきた話ではないのだから仕方ないこと、と自制します。しかし一方で内心では以下のように考えています。

「式部卿宮の大北の方、常にうけはしげなることどもをのたまひ出でつつ、あぢきなき大将の御ことにてさへ、あやしく恨み嫉みたまふなるを、かやうに聞きて、 いかにいちじるく思ひ合はせたまはむ」など、 おいらかなる人の御心といへど、いかでかはかばかりの隈はなからむ。
今はさりともとのみ、わが身を思ひ上がり、うらなくて過ぐしける世の、人笑へならむことを、下には思ひ続けたまへど、いとおいらかにのみもてなしたまへり。

「式部卿宮の大北の方が、いつも私のことを呪わしげにおっしゃっていて、自分にはどうしようもない大将のご結婚のことでさえ、私を変に恨んだり嫉んだりなさっていたそうだが、このようなことを聞いて、どんなにか合点がゆきなさることだろう」
などと、穏やかな人柄でいらっしゃるとは言え、このような心の底のわだかまりがないわけはない。
今となってはもう大丈夫とばかり、我ながら思い上がって、安心して過ごしてきた夫婦仲であったのが、物笑いの種になるだろうことを、内心では考え続けていらっしゃるけれども、表面ではたいそう穏やかにのみ振る舞っていらっしゃった。

やはり、自分を嫌い抜いて恨んでいる継母に「ざまあみろ」と思われるのは、紫の上もイヤなんですね。
そして、「人笑へならむこと」を気にしています。


恋愛の末に結婚ということになったわけではないので、やはり紫の上も、いつもの「愛情ゆえの嫉妬」と違い、自分のプライドとか、体面とかを気にしているわけです。

 

なんかこう、六条御息所の嫉妬についてこまごまと考察してみて、結局は自分のプライド、矜持といったものを傷つけられた時の拗らせ方はひどいことになりかねない…という観もあり。

これまでは愛情ゆえの「物怨じ」をしてきた紫の上が、ここで「人笑へならむこと」を気にしているというのは、大変不吉な兆候と言えるのかも知れません。

 

というあたりで、次回は実際に源氏が女三宮のところへ出かける時の紫の上の様子について考えてみたいと思います。

狭衣大将がダメすぎてダメ男好きでも喰い切れない件

日本の三大物語って、源氏物語狭衣物語うつぼ物語だとか聞きました。

このうち狭衣物語は、私は最近になって始めて読んだんですよ。

んで、あまり若いうちに読まなくて良かったとしみじみ思った。若いうちに読んでたら、腹が立って本を破きたくなったかも。

なんつーかイケメン無双っていうか、イケメンは全て許されるっていうか…
まあ王朝物語の世界観だと、美しい人というのは前世で善行を積んだ功徳みたいな考え方しますからね、美しく優れた人は、何やっても許されるものなんです。

そりゃそうなんだけどさ。

以下ネタバレしつつ、モヤモヤをぶちまける。

 

主人公は狭衣大将。一世源氏と皇女の息子で毛並みもよく、すごーく美しくて色んな才能も天才レベルで優れていて、楽器を演奏したら天人が降りてきて連れていきそうになるぐらいというスターです。

そんな狭衣クンは、母大宮が養女として育てた美女、源氏の宮を熱愛していました。

しかし源氏の宮は入内することになっていて、後に斎院に卜定され、かつ、そもそも本人には狭衣になびく気がないため、どうしても狭衣クンの手には入らない、高嶺の花です。

狭衣クンは、源氏の宮を想いつつ、色んな女と逢瀬を重ね、天才というよりむしろ天災レベルの疫病神っぷりを発揮し、関わる女という女を片端から不幸に陥れていくのです。

話の最後の方には、まあそこまで不幸ではないかなって女もいたけどね。

 

狭衣クンは、性格的には、源氏物語宇治十帖の薫大将の根暗さとプライド、これと思い込んだ女への執着、内省的な性格という形を踏襲しつつ、そこに匂宮のような恋への積極性と衝動性を加味したという、「それやったらイカンだろ」としか言いようのないキャラ造型です。



それでも飛鳥井の女君の話はまだいい。悲劇だし狭衣も悪いけど、狭衣のせいだけじゃないから。許す。

 

女二宮の件がですね、なんともね。

 

なにしろ、狭衣大将はこんな感じです↓

 

女二宮との縁談があるけど、女二宮と結婚しちゃったら源氏の宮と結婚できなくなるから気が進まないな。でも女二宮がどんな人か覗いてみよう。思いの外、美人だったから忍び込んでしまえ。結婚はやっぱりためらわれるけどヤっちゃえ。

こうしてみると美人で素晴らしい女性で愛しく思えるけど、源氏の宮のことがあるから、どうせ我ながら心変わりするに決まってるし、結婚はイヤだし。

この人とは自分にその気があればいつでも結婚できるけど、でもなんかやっぱり表立って求婚する気になれないしな。どうしたもんかな。ぜひまた逢いたいけど、無理に逢おうとして周りに知れたら結婚させられちゃうしな。ちょっと秘密にしといて様子みよう。踏ん切りつかないし。結婚はともかく、こっそり逢えればいいんだけど無理かな。

 

…と、うだうだうだうだうだうだ。

うん、サイテー男ですね!!

 

ここまででも結構サイテーだけど、実際はもっともっとサイテーですよ。

更なるネタバレになりますが、そうやって狭衣クンが女二宮との結婚を、契った後でも逡巡し続けている間に、彼女は一度の逢瀬の結果として妊娠してしまったのです。
女二宮の母后は、最初は愛娘を妊娠させた相手が誰か分かりません。分からないままに、子は母后が産んだことにして取り繕います。
そして、生まれた子を見て父親は狭衣だと悟った母后は、娘を妊娠させながらも白ばっくれたままでいた狭衣を怨みつつ、心労のために亡くなってしまうのです。

 

ってか全部オメーのせいだ狭衣。

 

狭衣クンは女二宮が妊娠していたことは知らなかったのだけれど、そもそも彼が結婚を迷ったりしてなきゃ良かっただけのことです。

 

なお、一応、狭衣が報いを受けてない訳ではありません。当然のように女二宮には愛想を尽かされ見捨てられ、狭衣サンは見捨てられてからはやたらと彼女に執着し続けて叶わぬ想いを抱え続けています。

おそらく、源氏の宮に対するよりも懊悩は深そう。
それでもまあ自業自得でしかありませんね。

なんかここまでとことんダメなヤツだと、いっそのこと清々しいかも知れない。という気すらしてきます。

 

なお、彼のサイテーっぷりは女二宮に対してだけではありません。妻になった女一宮が、年上で容貌が気に入らないからといって冷たくし続けたり。
狭衣さん、心の底から、1ミリも迷うことなく面食いで、美しさが唯一にして最高の尺度って感じの人なんですが、ここまで美しさにこだわり続け、そしてここまでとことん女達を不幸に陥れ続けられると、なんつーかむしろ滑稽味すら出てきます。

 

その意味で、喰い切れないけど毛嫌いもできないキャラクターだなあ。狭衣くん…
ダメ男、好きなんですけどね。「とりかへばや」の宰相の中将とか、ワタシはすんごい好きなんだけどね。

やっぱり狭衣クン、陰キャっぽいところがイカンのかなあ。最後の最後にわけのわからん即位なんぞしなければもうちょっとマシな印象だったのに。

 

ま、若い頃に狭衣物語読んでたら、納得いかなすぎて本ごとぶん投げてたと思いますけどね。

 

ワタシと源氏物語~源氏物語の人物名称についてとか

息抜き?じゃないけど、自分語り的な。

このブログも源氏物語について語る率がすごく高いわけですが、いつも人物をどう呼ぶかというので迷いがあったりします。


光源氏や紫の上は、原典でも使われている呼び名なので違和感もさほどないし、六条御息所とかも、そんなに差はないのでいいんですが、個人的に「葵の上」とか「夕霧」とか「雲居雁」っていうのは、ちょっと違和感あります。

「頭中将」も困る。

 

夕霧、葵というのは、主にその人が語られている巻名から取った後世での通称ですが…

葵の上は、原典では「大殿(おほいとの/おほいどの?)」と出てくることが多いので、個人的には「大殿」か「大殿の上」と呼びたいですね。
でもそれじゃ通じないしな…

 

なお、源氏物語で「大殿」というのは、摂政関白レベルの大臣(政権を握ってる大臣っていうか)のことがそう呼ばれているっぽい雰囲気です。光源氏や頭中将がそういう「一の人」の地位に立ったあと、「大殿」と呼ばれていたりします。


葵の上の場合、父左大臣が桐壺帝時代の「大殿」だったから、彼女も「大殿」とか「大殿の君」とか呼ばれたりするわけです。「六条」もそうだけど、なんかこの時代、場所を人の呼称に使ったりするわけで、大殿(厳密には父左大臣を指す)の邸にお住まいになっている光源氏の奥方、みたいなニュアンスですね。

 

雲居雁の場合は「三条の北の方」と呼ばれることが多いので、それでいいじゃん…と思ったりもするんですが、それだと結婚前の呼称にはならないですね。

源氏物語を訳したり、作品化したり、源氏物語について語ったりする場合、どうしても特定の呼称がないと不便なので「葵の上」とか「夕霧」とか「雲居雁」などの呼称が作られたということでしょうが、しかし訳だとか作品だとかで固有名詞かのようにそれらの呼称が使われてしまうと、個人的には違和感MAXだったりします。
(とはいえ、源氏の訳は子供の頃にしかちゃんと読んだことがないので、どういう風になってたかあまりよく覚えていない…。与謝野晶子訳で、やたらめったら「女王」という言葉が使われていたのは覚えてる。紫の上も「紫の女王」とか言われてたけど、今はそれも違和感あります。原典で見ない言葉だから)

各訳を見直してみようと思ったのだけれど、うちに一個もないことに気がついた…。谷崎源氏も与謝野源氏も田辺源氏も、橋本源氏すら全部読んだはずなのに、すべて実家に置いてきた…(谷崎・与謝野源氏はまだ捨てずに取っておいてくれてるかも知れないが…)
円地源氏も小学生の頃に読んだ覚えあるんだけど、あれは抄訳だったなあ…
なぜだろう、橋本源氏は全部読んだはずなのに、内容をちっとも覚えてないんですよ。


ある時期から原典しか読みたくないみたいな変なこだわりが出てきてしまったので、自宅に訳があるのは全集系だけになっちゃった。
岩波文庫の古い版(山岸徳平氏の)が文庫本で持ち歩きやすいのでそれをいつも愛読してて、それでも「読点の打ち方が気に入らない!」とかプンプン怒るようになっちゃって、源氏物語大成を買ってみたり…

そのくせ、ちゃんと研究してみようとかいう発想はなくて、評論とか論文とか読むのもずっと避けてたぐらいです。どうやら自分の頭の中にある「マイ源氏物語」以外のものを受け付けない的な、病重き状態にまでこじらせていたので(笑)

最近はちょっと正気を取り戻しつつあり、ネットで検索して出てくる論文とかは読んでみたり、資料本みたいなのを買ってみたりはしますが、相変わらずまともに研究本を読んでみようという気にはなれないでいるという、中途半端な感じです。
ああ、今でも、作家の訳本は読めない状態かも。まだまだ病重いわ(笑)
あさきゆめみし」だけは許容。マンガだからかな、なんとなく。


…呼称の話に戻ると。

源氏名」って言葉のニュアンスからも、「夕霧」だとか「雲居雁」とかは、ちょっと優美すぎる気がするんですね。
夕霧については、「乙女」のあたりで「若君」→「冠者の君」「侍従の君」とか呼ばれるあたりの初々しさ、「中将」になってちょっと大人びたけどまだまだ若手っぽい感じ、そこから「宰相の中将」になって、いよいよ出世した観出てきて、さてそこから「中納言」になって「おお、もう中納言か!偉くなったなあ」としみじみし、「大将の君」になって、うんすっかり高官だね!という威厳があって、でもなんか「中納言」「大納言」よりも「大将」の方が雄々しい感じがしていいよね、とか…ともかく官位による呼称の変転にめっちゃ萌えるので、「夕霧」だけよりせめて「夕霧の大将」とか官位をつけて呼びたい。

 

まあそこは光源氏についてもですが、彼はあまり呼称の変転が少ない気がして。「中将→大将→権大納言内大臣太政大臣」ぐらいでしたっけね。

 

紫式部は、きっと官位とかそういう呼称で生じるイメージっていうのも計算して、登場人物の官位を決めてたんだろうな~と思います。
女性も男性も、その場面でどういう呼称で呼ぶかについて緻密な計算があるのを感じるので、なるべくいつも原典どおりで呼びたいなと思う。

 

でもやっぱりそれじゃ話が通じないよね。困った。

 

そういうわけで、ブログ記事書く時も、人の呼び方をどうするかいつも悩みながら書いてたりします。カッコつけて通称つけてみたり何だり。

そういう試行錯誤も「ああこの人こじらせてるからな」と生ぬるく見守ってやって下さると嬉しいです。

 

夫が新しい妻の元へ行くのを見送る妻たち1~髭黒大将の北の方@源氏物語

 源氏物語には、夫が新しい妻を作り、元からの妻が、夫が新しい妻の元へ出かけていくのを見送る…という場面が何度か描かれています。
それも、決して「愛人」の元へ出かけて行くというわけではなく、「新しい妻」なのです。

元からの妻も、同居して夫の衣食住の世話をしているれっきとした妻であるが…というか、そういうれっきとした妻がいるにも関わらず、それに加えてもうひとり、愛人ではい「れっきとした妻」を夫が新しく作った…というシチュエーション。


「新しい妻」は、「元からの妻」が、妻として長年築き上げた権勢を持ってしても圧倒できないような、それなりの身分や権勢のある、侮れない相手。
むしろ、その新しい妻の方が、身分や権勢、夫の愛情すべてをもってして、今後は夫の「第一の妻」、あるいはすっかり古い妻が捨てられて「唯一の妻」になってしまいかねない…という状況です。

果たして、本当に古くからの妻は捨てられてしまうのか。どうなってしまうのか?

 

そんな場面が三回も描かれていて、私は作者は当然その三回の描き分けを意識してやっていたに違いない、と思うのです。


そんな目に遭うまず一人目の女性は、紫の上の異母姉、式部卿宮の長女であった髭黒大将の北の方。

「真木柱」の巻に、切々とその場面は描かれています。

 

 

髭黒大将の北の方はどういう人だったか

髭黒大将は、紫の上の異母姉にあたり、式部卿宮の長女である彼女と結婚して子供が3人ほどいました。
この北の方は、人に劣るようなところはなく、身分の世評も容貌も悪くない人だったのですが、

あやしう、執念き御もののけにわづらひたまひて、この年ごろ、人にも似たまはず、うつし心なき折々多くものしたまひて、御仲もあくがれてほど経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひきこえたまへるを

あやしくしつこい物の怪に取り憑かれていらして、長年、尋常な人のようでもなく、正気がなくなってしまうようなことが多くていらっしゃって、夫婦仲も疎遠になってしまって時間が経っていたが、髭黒大将は、大事な正妻としては、また他に並ぶ人もないようにお思い申し上げていた

 物の怪がついて尋常の人ではないようになることが多かったので、夫婦仲もうとうとしくなっていたが、正妻としては大事に扱っていた、という状況でした。

しかし、髭黒の大将は、光源氏の養女として引き取られた玉鬘の姫君に懸想した挙句、尚侍となって冷泉帝の後宮に侍ることになっていた玉鬘の寝所に女房の手引きで忍び込み、既成事実を作って、大勢の求婚者や光源氏すら出し抜いて、彼女を妻とすることに成功します。

世の権力者である太政大臣たる光源氏の養女であり、第二の権力者である内大臣の実娘でもある玉鬘は、冷泉帝の伯父たる式部卿宮の長女という北の方の世の覚えにも負けない…どころか優るだけの勢いのある女性。
そういう女性が夫の新しい妻となってしまったため、父の式部卿宮は「別れて実家に帰って来い」とも言い、北の方自身も諦めモードになっています。

 

北の方は、長年物の怪に病んできたせいもあり、住まいも乱雑で汚くなっていてだらしない有様になっていましたが(玉鬘の住まう六条院は大変に綺麗で立派なので、そういうところでも大将は玉鬘に目移りしています)、大将は北の方に対して、夫婦として長年過ごしてきたこともあり、子供たちもいることなので、今では「心には、いとあはれと思ひきこえたまふ心では、たいそう愛しくお思い申し上げていらっしゃる」と書かれています。
一応、長年の妻に対する愛情はあったのですね。

 

髭黒の大将はどうやって妻をなだめようとしたか

髭黒大将も、一応北の方に対して、新しい妻のことを色々と言い訳してなだめようとします。

そのなだめる時の言い分が、こんな感じ

  • あなたが体の具合も悪そうだったので、新しい妻のことを話さなければと思いながらも話せなかったんです。(身も苦しげにもてなしたまひつれば、聞こゆべきこともうち出で聞こえにくくなむ)→のっけから、妻に何も言わずに他の女と結婚したことを、妻の体調のせいにしています
  • それなりの身分の者は、長い付き合いじゃない夫婦仲だって、それなりに我慢して添い遂げるものですよ。(昨日今日の、いと浅はかなる人の御仲らひだに、 よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ)→常識持ち出して、自分の浮気を妻に我慢させようとしてます。

  • 私は、あなたの病気を長年我慢してきたんですよ(世の人にも似ぬ御ありさまを、見たてまつり果てむとこそは、ここら思ひしづめつつ過ぐし来るに)→相手の悪いところをあげつらってプレッシャーかけてます。
  • 幼い子供たちもいるのだから、あなたをおろそかに思ったりはしていませんのに、整然と物を考えられない女心で、無闇に恨んだりなさっているのですね(幼き人びともはべれば、とざまかうざまにつけて、おろかにはあらじと聞こえわたるを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨みわたりたまふ)→女の心よりも、中年男の女狂いの方がよっぽど「乱りがはし」くありませんかね。
  • あなたの父君があなたを実家に連れて帰ろうとしているそうですが、かえって軽々しいことですよ。→娘を心配して父が言ってくれていることを安易にけなしたりするの、無神経ですよね~

…とまあツッコミいれずにいられませんでしたけど!(笑)

こんな「説得」を得々とした挙句、最後に髭黒くんは

「まことに思しおきつることにやあらむ、しばし勘事したまふべきにやあらむ」と、 うち笑ひてのたまへる、 いとねたげに心やまし。

「本当にあなたが考え決めたことなのでしょうか。しばらく私をこらしめてやろうとしていらっしゃるのではないですか」と笑い声をあげておっしゃるのが、たいそう憎らしく不愉快な感じである。

どうせ俺を捨てるなんて口だけだろ。そう言って脅かしてやろうと思ってるだけなんじゃないの?(笑いながら)
いとねたげに心やまし。

烏帽子ひったくって頭と髭をつるつるに剃ってやりたいわ、髭黒くん。

 

そのあと、「私のことはまだしも、父のことまで悪く言うなんて…」と北の方にシクシク泣かれたので、髭黒くんは「わ、悪くなんて言ってないもんね!人聞き悪いこといわないでもらおう!」的に言いつくろいつつ、戦法を変えます。

 

「いや実はさ~、あの天下の太政大臣様の御屋敷に出入りしてると、ちょっとこっちも気づまりでさ。だから、うちに連れてきたいんだよね。何しろあの、世の中で比べるものもないぐらい、声望のある太政大臣様だからね。あちらに、あなたがこうしてあの人のことを嫉妬してるなんてよくない噂が耳に入っちゃったらマズいでしょ?(「かの通ひはべる所の、いとまばゆき 玉の台に、うひうひしう、きすくなるさまにて出で入るほども、かたがたに 人目たつらむと、かたはらいたければ、 心やすく移ろはしてむと思ひはべるなり。 太政大臣の、さる世にたぐひなき御おぼえをば、さらにも聞こえず、心恥づかしう、いたり深うおはすめる御あたりに、 憎げなること漏り聞こえば、 いとなむいとほしう、かたじけなかるべき」)

新しい妻の後見人が天下の権力者であることを持ち出して、アナタが文句言ってるとあちらさまが不愉快にお思いになりますよ、と妻を脅しています


「だからさ、あの人とも、妻同士で仲良くしてよ。そりゃ、あなたが実家に帰っちゃってもオレだってあなたのこと忘れないよ。でもね、そんなことになったら俺だって世の中の物笑いの種になってみっともないから、頼むからそんなことせず、許して欲しいんだよね」なだらかにて、御仲よくて、語らひてものしたまへ。宮に渡りたまへりとも、忘るることははべらじ。とてもかうても、今さらに心ざしの隔たることはあるまじけれど、 世の聞こえ人笑へに、 まろがためにも軽々しうなむはべるべきを、年ごろの契り違へず、かたみに後見むと、思せ」)

俺が人に笑われちゃうじゃん。(勝手に笑われろ)


…真面目に訳すとイラっとしそうなので、適当にしてます。

 

ここで髭黒くんは、一生懸命一日費やして妻の機嫌を取るんですが、その機嫌取りに言い聞かせる内容がコレなので、見るからに望み薄です。

この、男っぽいキャラの髭黒くんの無神経で大雑把な性格、めっちゃキャラ立ちしてるっていうか…

読者もイラつかせようと思ってニマニマしながら書いてるんだろ、言いたくなるぐらい、紫式部さんの筆が冴えているように思います(笑)

 

いよいよ新しい妻のもとに夫が出かけようとしたところに…

で、その後に玉鬘のところに出かけたくて雪空の様子を窺っている髭黒くん。
北の方が文句など言ってケンカを売ってくれば、こちらもケンカを買って腹を立てた風で出ていくなどもしやすいけれど、北の方が思いの外に穏やかにさりげなく振る舞っているので、不憫にもなり、どうしようか迷っています。
すると北の方は、物分りよく「今更止めても仕方ない」と諦めて、「早くお出かけなさいな」と促します。

大将は、「太政大臣内大臣の思うところもあるので、途絶えを置くのははばかられるから」など言い訳して出かけようとしつつ、一応「かく世の常なる御けしき見えたまふ時は、ほかざまに分くる心も失せてなむ、あはれに思ひきこゆるこうして普通のご様子でいらっしゃる時は、私も他に分ける心もなくなって、あなたを愛しくお思い申し上げるのですよ」と嬉しがらせを言います。


それに対して、北の方は「どうせそうおっしゃってこちらにいらしても、お心はあちらへいってしまわれるのでしょうから、かえって辛いですわ。あちらにいらしても、私を思い出して下されば、涙で凍ったこの袖の氷も解けることでしょう」としおらしげにいい、大将の衣装を香壺に掛けて香を焚きしめてやります。

その姿を眺めて、大将は哀れになって「二人で長い年月過ごしてきたのに、すっかり新しい妻に心を移してしまうなんて、軽薄なことだ」とも思うけれど、それでも新しい妻、玉鬘のことを思うと心がウキウキするので、ため息をつくふりをしながらいそいそと身支度をしてます。

供の者たちもさりげなく出発を催促します。


その時、事件が起きます。

 

正身は、いみじう思ひしづめてらうたげに寄り臥したまへりと見るほどに、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りてさと沃かけたまふほど、人のややみあふるほどもなう、あさましきに、あきれてものしたまふ

北の方ご本人は、たいそう落ち着いて、可憐な様子で物に寄り臥していらっしゃるように見えていたが、突然起き上がって、大きな籠の下にある香炉を取り寄せて、殿の後ろに寄って、さっと灰を浴びせなさったその間は、人が見とがめる暇もなかったほどのことで、大将殿は驚いて呆然としていらっしゃる。

そう、有名な、香炉の灰ぶっかけ事件、勃発

ホントに物の怪ですか、と

この北の方が引き起こした事件は、一応物の怪の仕業だということになってます。

「うつし心にてかくしたまふぞと思はば、またかへりみすべくもあらずあさましけれど、「例の御もののけの、人に疎ませむとするわざ」と御前なる人びともいとほしう見たてまつる。
正気でこのようになさったと思えば、二度と振りむいて見たくもないぐらい呆れはてたことだけれども、「いつもの御物の怪が、人に愛想を尽かさせようとしてすること」と、御前にお仕えする女房たちも気の毒に拝見している。

 

その後、北の方に憑いた物の怪を払うため僧を呼び、北の方は一晩中泣きわめき、僧に打ち据えられたり引き倒されたりして大騒ぎした挙げ句、朝方になってようやくおさまります。

 

…ここまで読んで、やはり思うわけですよ。

ほんとに物の怪の仕業かな?と。

 

いや~こんな無神経なダンナと長年暮らした挙げ句、権門勢家を後ろ盾にした若くて美しい新しい妻をこしらえて、その妻のもとにいそいそ出かけようとする後ろ姿を見てたら、灰ぐらいぶちまけてやりたくなって当たり前じゃないですかね。

多分、この北の方はもとの性格がおとなしく穏やかみたいですし、夫は無神経な物言いで言い募って自己満足に浸ってるタイプみたいなんで、玉鬘のことがなくても、長年言いたくて言えないことが溜まりたまって爆発…みたいなことが何度もあったんじゃないかな~、それを、身分高い女性にあるまじき行いとして「物の怪」扱いしてただけじゃないかな~、と思わずにいられませんね。

 

概括

結局のところ

  • 大将は妻に愛情が完全になくなったわけではなかった。長年連れ添った年月のこともあり、子供のこともあり、別れるつもりはなかった
  • 女としての魅力も妻としての能力も新しい妻の方が優るとさりげなく描かれる中、仕方がないと諦めて、妻はギリギリまで我慢をする
  • しかし結局、妻もブチギレて灰をぶっかける。
  • 夫、いよいよ妻に愛想を尽かす。
  • 妻は実家に帰ってしまって完全離婚。娘の親権は妻側に。

という流れになったのでした。

 

個人的な着目点は、この人が「紫の上の実の姉」であったこと。

この時点では、姉の不幸な運命は紫の上にとっては他人事であり、いたましい出来事、あるいは夫・光源氏の養女であることから自分までも巻き込まれて恨まれてしまい、困った出来事であるに過ぎません。
しかし、後に紫の上は、この姉のことをも新しい思いで思い返さざるを得なくなるのです。
彼女が思いもしなかった事件、つまり、夫・光源氏が新しい妻、女三宮を迎えることになるにあたって。

 

というわけで、次回は紫の上が女三宮を妻に迎えた夫を見送る場面について。

 

嫉妬のかたち3~六条御息所は、なぜ女三宮を出家させて満足したのか

前の続きで、誇りが傷ついたが故に怨霊化した六条御息所が、最後に女三宮に取り憑いたのはなぜか、そして女三宮を出家させて満足したかのように「もう帰ろう」と姿を消したのはなぜか…ということを、改めて考えてみます。

 

女三宮の出家は、光源氏にとってどういう意味を持っていたか?

そもそも、女三宮が出家することは、源氏にとっては一体どういう意味合いだったのか。

愛情の問題

まずは、出家されてしまうと、もう夫婦として関係を持つことはできません。基本的には。一応。

…現実の世の中だと、中宮定子は出家したのに一条天皇が無理に関係継続して、還俗したってことになってましたけど…
花山天皇は、出家して法皇になった後も、愛人作りまくって子供も作ってましたけどね…。さすがに体裁悪いから、生まれた子は冷泉天皇の猶子として親王宣下受けてたけど。
一条天皇女御だった藤原元子は、父親に尼にされたけど、無視して源頼定との関係を続けてましたね、駆け落ちまでして。まあこの場合、本人には尼になる気なんてサラサラなかったわけですけど。

反例は多々思い浮かびますが、まあ一応、出家してしまうと夫婦としての関係を離れることにはなっているわけで。
でもそういう反例も色々あるからですかね、光源氏女三宮に未練たっぷりで出家後も言い寄ったりしてましたが、いかに頼りなげな性格の女三宮と言えど、光源氏のイヤミにウンザリし、見切りを付けて出家までしたわけですから、さすがに流されることもありませんでした。

 

ですから「妻としての女三宮を喪う」という意味は確実にあったわけですが、光源氏としては妻としてはやはり紫の上のことをより愛していたわけなので、紫の上を取り殺し損ねて、出家させることもできなかった六条御息所が、次善として女三宮を出家させて満足というのも疑わしい気がします。

 

そもそも、光源氏女三宮への愛情を問題にするならば、出家したことよりも先に、柏木に寝取られたことそのものの方が大きな衝撃だったはずで。
それがあったがゆえに、出家するときも源氏自身が「その方が良いかも知れない」とすらちらっと考えているぐらいです。

 

柏木と女三宮との密通自体が「祟り」だったのか?


ではその、柏木と女三宮の密通の始まりからすでに、六条御息所の祟りだったのか?

 

これについては、「あさきゆめみし」ではそのような解釈を仄めかしているような感じです。
しかし、柏木と女三宮の密通時点では、六条御息所は紫の上に取り憑いて殺そうとしている真っ最中だったハズなんですよね。

同時に二人に祟ることができるのか?というと…どうなんだろう。

六条御息所自身が、「うまく取り返した、と紫の上のことを思っているのが悔しかったから、気づかれないようにしてずっとこのあたりにいた」と言っているので、女三宮のあたりに取り憑いたのは、明らかに紫の上を殺しそこなって源氏の前に一度姿を現した後なんです。

 

というと、柏木と女三宮の密通は、ただの密通。

別に祟りだとかいうわけではなさそうです。

 

とすると、もう源氏の女三宮への愛情はその時点で裏切られているわけなので、六条御息所の戦果ではなさそう。

 

仏道への志で遅れをとること。

では女三宮が出家することに何の意味があったか、と立ち戻ると…

 

以前、光源氏が語る「理想の女」は「自分に素直に従い、思い通りになる女」という記事を書きましたが、女三宮は、「自分に素直に従い、思い通りになる女」である上に、身分高く美しいと名高く、中年になって功成り名遂げた光源氏のトロフィーワイフとしては最高だったわけです。
その女三宮を柏木に寝取られたのは源氏の恥ですが、それは決して表沙汰にはならない。でも、理由を「出産で体が弱って死にそうになったから」と体裁を繕っていたとしても、女三宮が出家したということは、年上夫の光源氏が捨てられたことには違いがなく、かつ隠しようもなく世の中に公表されてしまう事実なわけです。


やっぱりここかな~、と思う。

 

せっかくのトロフィーワイフに捨てられて、仏道のこころざしでも遅れを取ってしまう。
トロフィーワイフを若者に寝取られることほどではないかも知れませんが、自意識が高いナルシストな光源氏にとっては、出家されてしまったことは世間向けに隠しようもないだけに、それなりにメンツが傷つくことであるには違いないでしょう。

 

朧月夜尚侍の痛烈な最後の手紙

そう考えると思い出すのは、女三宮が出家する少し前(女三宮の妊娠中のことでしたが)、朧月夜尚侍にさらっと出家されてしまった時のこと。


光源氏は、女三宮の密通を知って、朧月夜が心弱く自分に靡いたことまで見下す気持ちになって足が遠のいていたようなのですが、その隙に彼女はさっさと出家してしまいます。

朧月夜が出家しようと思っていたのは以前からで、それを光源氏との関係が復活して引き止められていたので(つくづく、女を出家させたがらないヤツだ…)、源氏の気持ちが離れたのをきっかけにさっくり出家しちゃったわけですね。

源氏はその知らせを聞いて驚いて、朧月夜に、出家するとも教えてくれなかったことへの恨み言や、「さまざまなる世の定めなさを心に思ひつめて、今まで後れきこえぬる口惜しさ色々な人生の無常さを思い知りながら、今まで世を捨てることもなく、あなたに遅れを取ってしまったことの残念さ」つまり、自分は出家したいのに今だに出家できないでいるのに先を越されてしまった残念さや、自分を捨ててしまっても、回向のうちには入れてもらえるだろうと頼みにしている…といった消息を送ります。

それに対し、朧月夜は「源氏に手紙を送るのはこれが最後」と思いつつ、以下のような手紙を送ります。

「常なき世とは身一つにのみ知りはべりにしを、後れぬとのたまはせたるになむ、げに、
    海人舟にいかがは思ひおくれけむ
  明石の浦にいさりせし君
回向には、あまねきかどにても、いかがは」(若菜下)
「無常の世と感じていたのは私だけと思っておりましたが、あなたが先を越されてしまったとおっしゃるなんて。確かにおっしゃるとおり、どうしてあま舟に乗り遅れなさったのでしょうか。明石浦で海人のようにお暮らしになったあなたですのに。(なぜ私が尼になるのに遅れをとったりなさったのでしょうか。明石に流浪なさって、世の無常を思い知ることもできたはずのあなたですのに)
回向にとおっしゃることについては、一切衆生のためのものですから、そのお一人として含まれないことがありましょうか。

常なき世とは身一つにのみ知りはべりにしを」のあたりは、源氏が「さまざまなる世の定めなさを心に思ひつめて」と書いてよこしたことにも対応していますし、また「世」に「男女の仲」的なニュアンスをも込めていると思われます。
つまり、「なんで出家すると教えてくれなかったのか」に対して「私たちの仲を常なきものと思い知っていたのは私の方だけと思っていましたが」と、源氏の自分に対する薄情さ(現に、女三宮のこと以降気持ちが離れていたわけで)に言及して、それが理由だと仄めかしつつ、「あなたが世の無常を思い知っていらっしゃったとは思わなかったわ」とも仄めかしています。

そして、「あなたは、自分も世を捨てたいのに先を越されてしまったとおっしゃいますけれど、確かに、あなたは明石浦にさまよって世の無常をお知りになることもできたはずですから、尼になった私に遅れを取るようなことになったのは不思議ですわね」と、痛烈なことをはっきり言います。
 

私が世を捨てた後になって、「私のために須磨でのわび住まいをした」など今更持ち出して愛情ありげにおっしゃるけれど、あなたの愛情が定まらず当てにならないことは分かっていますのよ。
どうせ世を捨てたいなんてことも、本気で思ってはいらっしゃらないのでしょ。世の無常なんて本当にはおわかりになっていらっしゃらないんだわ。
私はもう俗世の未練を捨てましたから、あなたのことは、世の人間の一人でしかありませんわ。


朧月夜は、自分たちの男女の仲についてと、世の無常を知るという悟りについて、両方について、言葉の上だけで愛情を、また知ったふうな無常観を取り繕い、行動が伴っていない源氏の浅さを痛烈に当てこすっているわけなんです。

いやーこういうやりとり見ると、和歌ってすごいコミュニケーションツールだなって思います。


この痛烈さというのは、何ともはや…今まで源氏に振り回され続けてきていた彼女が、「これが最後だから」とここまで言うのか、ということにも感嘆します。

朧月夜を軽く見ていた源氏、このような痛烈な「最後の手紙」をもらい、憤然とし、自分一人の胸にもしまえず、思わず紫の上に

「いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに、心づきなしや」

たいそうひどく辱められてしまった。本当に気に喰わないことだ。

とぶつくさこぼしてプンプンしてました。

 

源氏の老醜を際立たせる

 まあそうやって、光源氏がいまだに種々の煩悩に囚われて出家もできないでいるうちに朧月夜に出家で先を越された上に、自分の浅薄さをはっきり指摘されて悔しがっていたことを考えると、この上、女三宮にまで出家されて先を越されたということは、女達に仏道への志でも遅れを取っていることをまざまざと明らかにすることでもあるわけです。

年下の若い妻がいて、彼女の後見をしなければならない…というのは、光源氏が世を捨てない理由にもなっていたわけですから、その年下妻にも遅れを取るというのは「世の無常を知り、いつかは世を捨てて仏道の修行に励もうと思っている」という「求道者」としての源氏の自己イメージを著しく傷つけることになるわけです。


仏道が重んじられていて、人生の終着点として世の無常に悟りを開き、出家する…というのがある種の理想的終活でもあった時代背景のことも考えると、ここはナルシスト光源氏のプライドにとっては大いなる危機とも言えるでしょう。


ただ、光源氏女三宮を「浅はかな人だからどうせ大した道心ではないだろう」と侮ってもいて(だからこそ出家後に口説いてみたりといったこともしたのでしょうけれど)、「年下の妻にも遅れを取ってしまった」ということについてはそんなに痛切に感じてはいないようでもあります。

何より、当時は病がちになっているとはいえ、紫の上がまだ生きていた。
彼女と離れることができないがゆえに、源氏は紫の上の出家も許せず、そして自分も出家できない。

この時点での源氏は、まさに朧月夜に痛烈に言われた通り、世の無常を悟ることなく、紫の上との情愛に執着し、紫の上には恨めしく思われている、出家してしまった女三宮にまで未練たっぷり、という愛欲の地獄の只中にいるようです。

 

女三宮が出家して「後見を託された若い妻がいるので…」という口実すらなくなったことにより、そういった源氏の老醜といってもよい姿が余計に浮き彫りになっている。

ナルシストで、藤壺宮以外の女達をどこかしら軽んじて見ている源氏が、いつのまにか女達に置いていかれ、取り残されている。
そして自分がそんな老醜を晒していることすら、最後に源氏のそばにとどまってくれた紫の上が、明石の中宮に手を握られながら亡くなってしまうまでは気が付かない。
亡くなったときも、命絶えて間に合わなくなってしまってから、生前の出家の念願を叶えさせてやらなかったのが可哀想だからと、今更のように髪だけを下ろしてやろうかと思い惑って息子にやんわりと窘められる有様。

結局のところやはり、女三宮の出家というのは、源氏の悟りきれなさ、老醜を際立たせるための重要な舞台装置になっている、と言えるでしょう。

 

女三宮自身にとっての「六条御息所の祟り」とは?

一方で、直接祟られたはずの女三宮自身にとってはどうなのか。

再び、御息所の死霊が女三宮に取り憑いてやった、と言って去っていった場面に戻ってみましょう。

御息所の死霊が「かうぞあるよ。いとかしこう取り返しつと、一人をば思したりしがいとねたかりしかば、このわたりにさりげなくてなむ、日ごろさぶらひつる。今は帰りなむ」(「どう、こんなことになったではないか。うまく取り返した、と一人のことをお思いになっているのが悔しかったから、気づかれないようにしてずっとこのあたりにいたのです。今はもう帰ろう」)といって笑い声をあげたのを見て、光源氏

 

さは、このもののけのここにも、離れざりけるにやあらむ」と思すに、 いとほしう悔しう思さる。

「さては、この物の怪がこちらにも離れずいたからなのだな」とお思いになると、宮のことが気の毒にも、また悔しくもお思いになる。

と、女三宮が出家するに至る前のことは物の怪のせいだったのだ、と思い、女三宮を「いとほしく」=気の毒に思っているのです。

この光源氏の述懐から、読者としては「女三宮は、六条御息所の死霊のせいで出家してしまったんだな。若くて美しい人がもったいない」と自然と感じさせられることになりがちです。

ある意味、ここは紫式部が張った罠による誘導なのではないか、と思うのです。


この光源氏の感想があるせいで、読者は「もともと女三宮は浅はかな人柄だから、物の怪に惑わされて思いつめて出家してしまったんだな」と考えてしまいます。

しかし、実際どうでしょう。


女三宮は、大した道心でもないようでいて、かといって道心を妨げるような欲望も彼女にはない。
その後の人生では、だんだんと成長する息子を頼りに、彼女を困らせたり心を乱すような波乱もなく、平和にゆったりと暮らしているようで、出家したことを「あの時はどうかしていた。物の怪に取り憑かれていたのかも…」といったように後悔する様子も全くありません。

そもそも女三宮が出家をやりとげたのは父朱雀院がそれを認めて出家させてやったからですが、朱雀院にまで死霊が取り憑いていたというわけもない。朱雀院は、女三宮が源氏に紫の上より軽んじられていたことを悔しく思っていて、源氏の意向にも逆らうような形で娘を出家させてしまったわけです。
その経緯はむしろ、朱雀院と女三宮光源氏に対する復讐劇かとも思えるような成り行きでした。


光源氏は、女三宮が最初に朱雀院に出家させてくれと言ったときも、朱雀院に大して「今までも出家したいとおっしゃっていましたが、物の怪が言わせているのかも知れないので聞き入れなかったのです」と抗弁していましたから、六条御息所の死霊を見て「女三宮はやはり物の怪に惑わされて出家してしまったのだ」と思ったわけですが、むしろそれは「妻が自分を捨てたくて出家した」と思いたくない、物の怪のせいにして、上から目線で哀れみたい…という源氏の歪んだナルシシズムの表れのように思えます。

実際に出家する経緯といい、出家した後の女三宮の様子といい、「出家する」という意思自体を物の怪に惑わされて吹き込まれたのだとは思いにくい。


それよりもむしろ、六条御息所の死霊は、女三宮に取り憑いて体の具合を悪くさせることで、出家するための口実を彼女に与えやっただけなのでは?という気がします。


朱雀院とて、女三宮が死にそうなぐらい具合が悪いという状況がなければ、夫の意向を無視して女三宮を出家までさせることは難しかったわけです。
そう考えると、どうも 六条御息所女三宮と朱雀院が、三者協力して女三宮の出家を成功させているかのような……

そんな様相すら見えてくるのではないでしょうか。


 総括

まとめると

  • 六条さんは、自分のプライド・体面・世間体をずたずたにされ、誇りを傷つけられたことで源氏を恨んでいて、源氏自身が彼女の悪口を言ったのをきっかけに、源氏周辺で祟りを始めた。
  • 紫の上のことは、源氏の愛執がひどいのを見て源氏が哀れになり、取り殺せなかった。
  • かわりに女三宮に取り憑いたが、どうも出家自体は女三宮自身の意思であり、取り憑いて体の具合を悪くさせて、出家の口実を彼女に与えただけなのではないか。
  • 六条御息所は、女三宮を出家させることで、源氏が若い妻に捨てられたことを世間に知られずにいられないように仕向けた。
  • 同時に、紫の上への愛執とともに源氏が俗世に取り残されるという状況を作り出し、源氏が出家できないまま老醜を晒すように仕向けた。

だいたいこういうことになるのかなあ…と思います。

 

結論として~愛執に囚われたのは源氏であって、六条御息所ではなかったのでは?

こうしてみると、何というか六条御息所を死霊化させた嫉妬というのは、源氏の愛情を争って源氏が愛している女たちに向かっていたというものではない。

むしろ、光源氏が、彼自身の誇りと高い自意識とで六条御息所を見くだしていたこと、そして同時に、彼が位人臣を極めて准太上天皇まで上り詰め、内親王すら妻に迎えて、その誇りを思う存分満足させて自惚れ切っている……

六条御息所の誇りをずたずたにしておきながら、おのれは自惚れに浸っている。その自惚れが許されている源氏自身への嫉妬であり、復讐心だったのではないか、という気がします。


人間と人間としての嫉妬というのですかね。

高い地位を得て上り詰める運、そして実力、人望、世間での評判、そして異性への魅力。

どれをとっても、六条御息所光源氏に負けてしまっていた。

男女で単純に比較することはできないようですが、光源氏自身が秋好中宮と夕霧を比較して、葵の上と六条御息所では葵の上が勝っていて、誇りかにしていたのに、夕霧と中宮では中宮の方が勝っている…などとしみじみしているぐらいですから、比較できないわけではない。

六条御息所は、夫の東宮に死なれてしまったという「運」などでも劣っていたわけですが、中でも「異性への魅力」という点について、光源氏と真っ向勝負して完全に負けてしまった。どうあがいても、自分の愛情の方が源氏の愛情よりも強かったわけですから。
そのことによって、彼女の世間での評判はひどいものになってしまった。

そこを恨みに思い、怨霊化するほどに、彼女は誇りが高い人だったのではないか…と私は思うのです。
六条御息所は、よくあるイメージのように、愛執に惑って怨霊化した人ではなく、誇りが傷ついた怨みで怨霊化した人だったのではないか、と


そしてむしろ、愛執に取りつかれて惑っていたのは、藤壺宮への愛執を、彼女が死んでも断ち切れずに惑っていたり、紫の上の出家の望みを最後まで叶えてやることもできず執着し続けた光源氏の方だったのではないでしょうか。
(もっとも、紫の上の死後には、源氏もようやく心を整理して求道という方向に進んでいけたようですが…)

だから、些末なことのようですが、夕顔を取り殺したのは六条御息所の生霊ではない、と私は解釈していたりもします。夕顔は、六条御息所の体面を傷つけたりしたわけではないので。

 

…なんかやたらと長くなってしまったんですが、六条御息所に関する考察はこれで一段落。

なんか最初は、雲居雁の嫉妬と六条御息所の嫉妬を比べてみたくて考え始めたことだったんですが、なんかすっかり元の話から離れてしまいました。

次は、また雲居雁の話に戻ってみたいと思っています。

空蝉との一夜がどんなだったのか。

ちょっと息抜き記事。

 

ほら、源氏物語って、契りを結ぶ(上品な表現にしてみた)場面って直接的には描写しないじゃないですか。それで、読んでてとまどうことがちょくちょくありませんか。

 

最近、どこでだったかな…昔は光源氏は空蝉と契ったのかということについて、昔は結局ヤってない説が結構あったんだけど、今はほとんどヤったという説になっているという話を読んだ気がするのです。

どこで読んだんだろ……(あれこれ乱読してるんで分からなくなってしまった)

 

んで、改めて「帚木でどういう記述だったかな…」と思って読み直して「ああそういえば、ここ自分も読んでて『え、結局ヤったの?ヤってないの?』って戸惑ったな」と思い出した。

 

源氏は、空蝉を強引に抱き上げて自分の寝所に連れてきて、途中で女房の中将に行き合っても動じず、「障子をひきたてて、『暁に御迎へにものせよ』とのたまへば/中将の前でぴしゃりと障子を閉めて『夜明けにお迎えに来い』とおっしゃった」というふてぶてしい態度。
そして、空蝉自身には、色々言葉を尽くして靡かせようと口説くわけですが、

例の、いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ、あはれ知らるばかり、情け情けしくのたまひ尽くすべかめれど

いつもの、どこから取り出していらした言葉なのであろうか、愛情を感じられるぐらい、優しく情ありげに色々と言葉を尽くしていらっしゃるようだけれども

 あれこれ愛情に満ちたことを言っているけれど、いつものように、口から出まかせと、地の文でばっさり切られてます。

「現ともおぼえずこそ。数ならぬ身ながらも、 思しくたしける御心ばへのほども、 いかが浅くは思うたまへざらむ。いとかやうなる際は、際とこそはべなれ」

「現実のこととも思えません。人数ならぬ卑しい身分の私ですが、あなたが思い劣していらっしゃるお心のほども、どうして浅いものと思わないでいられますでしょう。このような身分の者は、それなりの身の程というものがございます」

源氏の浮ついた口説き文句は、空蝉に「あなたがこうして身分の低いものと私を馬鹿にしていらっしゃるお心を、浅いお心と思わずにいられましょうか」とばっさりやられてしまいます。
空蝉の「心恥づかしきけはひ気恥しくなってしまうほど立派な態度」にたじろいだ源氏は、前世からの因縁(男が無理やり女を口説く時に「こうなる前世からの因縁だったのですよ」ってこじつけるの、常套手段デスヨネ的な)など持ち出して「まめだちてよろづに」真面目になって色々とくどきつづけますが、空蝉は、「強情で気に食わない女だと思われても良い」とあくまで拒み続けるので、源氏としては「なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらずしなやかな竹のようで、さすがに折ることもできない」と思っています。

なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらず。

 

ここは、どう解釈しても「空蝉が拒み続ける態度が、なよやかではあるものの折りづらい「なよ竹」のようで、さすがに折ることもできない=さすがに無理やり犯してしまうこともできない」という意味なんですよね。
昔、空蝉とは肉体関係なかったという説があったのだとしたら、ここらへんが根拠かなと思います。

 

しかし。

しかし次の行では

 

まことに心やましくて、あながちなる御心ばへを、言ふ方なしと思ひて、泣くさまなど、いとあはれなり。心苦しくはあれど、見ざらましかば口惜しからまし、と思す。慰めがたく、憂しと思へれば、「など、かく疎ましきものにしも思すべき。おぼえなきさまなるしもこそ、契りあるとは思ひたまはめ。むげに世を思ひ知らぬやうに、おぼほれたまふなむ、いとつらき」と恨みられて、

本当に気に食わない、強引な源氏の君の御心を、女は言いようもなくひどいと思って泣いている様子など、たいそう哀れであった。源氏は、心苦しくは思うが、契らなかったら残念だっただろう、とお思いになる。
女が、慰めようもなく、辛いと思っているので、
「どうして、そこまで私を憎いものとお思いになるのですか。思いがけない逢瀬だからこそ、前世からの契りがあったのだとお思いになりなさい。むやみに男女の仲を知らないように涙におぼれていらっしゃるのが薄情に思えます」と源氏の君は女をお恨みになって

と続きます。

傍線引いて強調したあたり。「強引」だとか、女が泣いているとか、男が女を「見る」という表現の古典での用法とか「見なかったとしたら残念だっただろう」と反実仮想になってるとことか。「契り」と口にしているとことか。
極めつけ最後のところ。

あなたは人妻で、処女と違って男女の仲のことだって知っているのだから、そんな泣いてばかりいるのは薄情だ。

と逆に非難してるところ。

 

うん、やはり源氏くん、強引にヤっちゃってますね。

なよ竹折れないんじゃなかったのかよ。サイテー。

 

こう、「折れない」と書いたかと思ったらコロっと次の行で時間が経過していて、その間の描写も省かれて「事後」になってるあたりが、諸説出たことの原因だったり、私自身が読んだ時にとまどったところだったのかな、と。

 

なんつーかアレですね。源氏もかなり迷ったけど、拒まれたまま終わるのが嫌で結局説得するのは諦めて強引にヤっちゃったと。

 

でもこの唐突さは、それはそれで表現上の技巧だったのかな。
迷ったけど無理やりヤっちゃえなんて光源氏の心理を微に入り細に入り書かれてもドン引きだし。

それだけじゃなくて、読んでいて「え、結局どうなんだろう、女が逃げ切るのかな、どうかな」と思わせておいて、話を飛ばして「え?結局どうだったの?え?やっぱり?」とどんでん返しを食らわせる手法って、玉鬘の物語でも使っているけれど、紫式部が好む「あえて書かない」という読者を翻弄する手口なのかなって思います。

初めて読んでる気持ちになって原文を読んで紫式部に翻弄されてみるのもまた楽し。

 

身分が低いと侮って無体なことをしていながら、思いのほかに侮れない人柄だったので、結局は源氏の方が空蝉に執着し、最後は尼になったのを引き取って生活の面倒まで見る…という話になっていくわけですが、こういう、光源氏の若さゆえ、帝の皇子として生まれたゆえの傲慢さも描くあたりが源氏物語の面白みですね。


光源氏ってなんかチートキャラみたいな扱いな気がするんですが、こういう傲慢さ、際限ないうぬぼれを描き出しつつ、宇治十帖では完璧超人だったみたいに言われているのって(私は宇治十帖も紫式部筆として疑念を感じないので)、紫式部の冷めた視線を感じてとてもゾクゾクします。