ふること

多分、古典文学について語ります

嫉妬のかたち~葵の上と、紫の上・雲居雁の比較

光源氏が、紫の上の嫉妬については「そういうところが可愛い」的にプラス評価をしていた…ということを書きました。

しかし、光源氏は、他の女たちの嫉妬についてはどう考えていたのか?について。

 

大殿の上(葵の上)と六条御息所について、嫉妬に関する記述の他、光源氏が彼女らをどう思っていたかについてちょっと原典の記述を集めてみました。(長くなるので六条御息所については次に分けました)


「帚木」での描写

おほかたの気色、 人のけはひも、 けざやかにけ高く、乱れたるところまじらず、「なほこれこそは、 かの、人びとの捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ」と思すものから、 あまりうるはしき御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるを、さうざうしくて、

全体的な左大臣邸の様子や、葵の上の様子も、きわだって気品高くて、だらしのないところがなく、「やはりこの人こそは、かつて人々が(雨夜の品定めの折に)捨てがたいものとして取り立てて言っていた、誠実な人として頼みにするべき人だろう」と源氏の君はお思いになるものの、あまりにもきちんとしていて端正なご様子が、打ち解けにくく気詰まりなぐらいに落ち着いていらっしゃるのが心寂しくて

 大殿の上は非常に生真面目できちんとした方で、打ち解けにくい人だった、と。

 

「紅葉賀」での描写

宮は、そのころまかでたまひぬれば、例の、隙もやとうかがひありきたまふをことにて、大殿には騒がれたまふ。いとど、かの若草たづね取りたまひてしを、「二条院には人迎へたまふなり」と人の聞こえければ、いと心づきなしと思いたり。
「うちうちのありさまは知りたまはず、さも思さむはことわりなれど、心うつくしく、例の人のやうに怨みのたまはば、我もうらなくうち語りて、慰めきこえてむものを、思はずにのみとりないたまふ心づきなさに、さもあるまじきすさびごとも出で来るぞかし。
人の御ありさまの、かたほに、そのことの 飽かぬとおぼゆる疵もなし。人よりさきに見たてまつりそめてしかば、あはれにやむごとなく思ひきこゆる心をも、知りたまはぬほどこそあらめ、つひには思し直されなむ」と、「 おだしく軽々しからぬ御心のほども、おのづから」と、頼まるる方はことなりけり」

 藤壺宮がその頃退出なさっていたので、源氏の君は、いつものように隙でもないかと様子を伺ってうろうろするのに夢中でいらっしゃったので、大殿の方からは穏やかならぬように思われていらっしゃった。かの若草の君をお引き取りなさったことを、「二条院に女性をお迎えになったそうです」と人が申し上げたため、大殿の上はたいそう気に食わないと思っている
源氏の君は、「こちらの内情はご存知ないので、そのようにお思いになるのはもっともであるが、素直に、普通の人のように恨み言をおっしゃったりするならば、自分も正直にお話してお慰め申し上げるだろうに。それを、心外だという態度ばかりお取りになるのが気に食わなくて、しなくても良いような浮気沙汰も出てきてしまうのだ。
この人のご様子は、不十分だとか、ここが不満だと思えるような欠点もない。他の人より先に結婚した方なのだから、愛しく、大切にお思い申し上げている心をご存知ないのだろうけれど、いつかは見直していただけるだろう」と、「おだやかで落ち着いていて、軽々しくない御心であるから、いずれ自然と」と、頼みになさる方面では格別である。

 

大殿の上(葵の上)は、光源氏が情人を自邸に引き取ったと聞き、それが若紫のような幼い少女であるとも知らないので、「心づきなし/心外だ」と思っていたが、素直に源氏にそれを追求するということもなく、ただひたすら不機嫌な態度を取っているわけです。
それに対して光源氏「素直にヤキモチ妬くなら可愛げもあるしこっちも何だかんだと慰めようもあるのに、素直じゃないのが気に入らないんだよね。そんな態度だからこっちも浮気したくなっちゃうんだ」と考えます。

いやでもさ、今現在、若紫がまだ子供で情人ではないってったって、将来的には妻の一人にするつもり満々で引き取ったわけじゃないですか。
「あの子もいずれ妻にしますが、それはそれ。あなたはあなたで正妻なんだから、頼みにもしてますし大事に思っているんですよ」
でしょ、源氏の本音って。

「この人のことはこの人のことで大事に思ってるんだけど、分かってもらえてないんだろうな。ま、でもいつかは分かるでしょ」という源氏の態度、相手が年上だというのもあるのか、めっちゃ妻に甘えまくってますね。

浮気を妻のせいにするんじゃね~よ!!

まあでも、帚木でも似たような男の考えが語られていたりもしますが、一夫一妻じゃない時代(…というよりも、妻相手以外の恋愛が道徳的に悪いものではない時代、といったほうがいいかも知れない)、夫を浮気させないのも妻の甲斐性、みたいな考え方も厳然としてあったわけなので、時代からすれば、光源氏の考え方も理がないわけではなかったのでしょう。

 

「紅葉賀」は、藤壺宮が源氏との不義の子、のちの冷泉帝を産む…という物語上の重大事件が起こる頃合いなのですが、そのことは勿論、源氏の正妻である大殿の上は知らないわけで、ただひたすら、二条院に引き取った若紫の一件を根に持ってツンツンしている…という感じです。

同じ紅葉賀にて、新年を迎える場面。

内裏より大殿にまかでたまへれば、例のうるはしうよそほしき御さまにて、心うつくしき御けしきもなく、苦しければ、「今年よりだに、すこし世づきて改めたまふ御心見えば、いかにうれしからむ」など聞こえたまへど、「わざと人据ゑてかしづきたまふ」と聞きたまひしよりは、「やむごとなく思し定めたることにこそは」と、心のみ置かれて、いとど疎く恥づかしく思さるべし。しひて見知らぬやうにもてなして、乱れたる御けはひには、えしも心強からず、御いらへなどうち聞こえたまへるは、なほ人よりはいとことなり。

内裏から左大臣家に退出なさったところ、大殿の上は、いつものようにきちんとして立派でお美しい様子で、素直な態度を取る気配もなく、源氏の君はそういう態度が辛く思えたので、「今年からは、せめて少しは普通の夫婦らしく態度を改めようというお心が見えれば、どんなにか嬉しいことでしょう」などと申し上げなさったけれど、大殿の上は、「わざわざ(二条院に)女性を住まわせて大切に世話なさっている」とお聞きになって以降は、「妻として特別な扱いをしようと決めていらっしゃるのではないか」と思って、心に隔てばかり置かれて、ひどくよそよそしく、気が引けるようにお思いになっていらっしゃるようだった。
源氏の君は、あえて何も分かっていないように振る舞って、くだけた態度でふざけかかったりなさるのには、そう心強くもできず、お返事などなさっている様子は、やはり他の人よりはたいそう優れている

 

四年ばかりがこのかみにおはすれば、うち過ぐし、恥づかしげに、盛りにととのほりて見えたまふ。「何ごとかはこの人の飽かぬところはものしたまふ。我が心のあまりけしからぬすさびに、かく怨みられたてまつるぞかし」と、思し知らる。同じ大臣と聞こゆるなかにも、おぼえやむごとなくおはするが、宮腹に一人いつきかしづきたまふ御心おごり、いとこよなくて、「すこしもおろかなるをば、めざまし」と思ひきこえたまへるを、男君は、「などかいとさしも」とならはいたまふ、御心の隔てどもなるべし。

女君は四歳ほどお年上でいらっしゃるので、大人っぽくて、源氏の君が気詰まりなぐらいに、女盛りで整っているようにお見えになる。
「いったいこの人のどこに、ものたりなくお思い申し上げるような所があるというのだろう。あまりにもふとどきな自分の浮気心から、こうして恨まれ申し上げるのだ」と、源氏の君はお考えになる。
同じ大臣として知られる中でも、この方の父の左大臣は帝のお覚えもたいそうすばらしくていらっしゃり、その皇女腹の一人娘で大切にお育てなさった方であるので、この上は気位がたいそう高くて、「少しでもおろそかな扱いは心外である」とお思い申し上げなさっているのを、男君の方では「どうしてそこまで」と反発して態度を変えさせようとなさる、そういったことからお二人の御心が隔たることになっているようだ。

 
ともかく葵の上は素直な態度を取らない。
気位が高く、二条の女のことも根に持つだけで口に出しては言わない。ひたすら自分がおろそかに扱われることに怒っているわけです。

「葵」での描写

そののち、六条御息所と源氏の仲が世間で噂され、桐壷帝の耳に入るまでになった頃のことですが、

大殿には、かくのみ定めなき御心を、 心づきなしと思せど、あまりつつまぬ御けしきの、 いふかひなければにやあらむ、深うも怨じきこえたまはず。 心苦しきさまの御心地に悩みたまひて、もの心細げに思いたり。 めづらしくあはれと思ひきこえたまふ。

大殿の上は、源氏の君のこのように定まりがたい御心を不愉快だとはお思いになっているが、あまりにも遠慮もなく恋愛沙汰を繰り返すご様子が、言っても甲斐もないからだろうか、深くお怨み申し上げたりもなさらない。痛々しいご容態でお悩みになっていて(妊娠したことを指す)、心細そうにお感じになっている。源氏の君も、珍しいことと思って、愛情を感じていらっしゃる。 

こんな感じで、「少しでもおろそかな扱いは心外だ」という態度を取っていたものが、源氏が全く悪びれずに遠慮会釈もなく浮気沙汰を繰り返すので「言ってもしょうがないわこの人」と諦めて、恨みがましいことも言わなくなっちゃった、と。

源氏が「などか、さしも、とならはいたまふ」効果が現れたってことですかね。
妊娠したこともあって、他の女達のことは諦めてしまったようです。

葵の上の嫉妬と、紫の上・雲居雁の嫉妬の違い

葵の上の嫉妬の描写、そしてそれに対する光源氏の態度と、紫の上の嫉妬の描写と、それに対する光源氏を比較すると、光源氏…というより、男が好きなタイプ?の嫉妬と、そうじゃない嫉妬の態度というのが見えてきます。

 

元来、嫉妬という感情の裏には、大きく分けて三種類の感情があると思うのです。

  1. 自分が妻として(あるいは恋人として)軽んじられた・相手に負けているなど、プライドが傷つく
  2. 夫の愛情が自分以外の女に少しでも分けられることに腹を立てる、独占欲という面。
  3. 夫の(あるいは恋人の)心が他の人に移ってしまい、自分への気持ちがなくなってしまうのではないかとか、減ってしまうのではないかと、愛情面の不安を抱く面。


この点、大殿の上(葵の上)は「すこしもおろかなるをば、めざまし」と思ひきこえたまへるとあるので、「プライドが傷つくゆえの嫉妬」っぽいんですね。「自分に対しておろそかなのが気に食わない」わけなので。
嫉妬している様子の描写に使われているのも、「めざまし」とか「心づきなし」とか「心のみ置かれて」「いとど疎く恥づかしく思さる」といった言葉。
気に食わないとか、心が遠く感じられるとか、だいたいそういった感じで、嫉妬から生じるのは、夫への心の距離が遠くなる感覚
葵の上について、「2」の独占欲という面があったかというと…そこはどうも、最初からそこまでこだわっていない気配があります。「葵」巻で妊娠した頃には、完全にあきらめてますね。


一方で、紫の上や雲居雁がどうだったかというと、「もの怨じ」/「もの妬み」するという表現。そういうことをすることについて「執念し」とか「腹悪し」とか、マイナスイメージの言葉で評してもいます。

葵の上についてはそのようなマイナスイメージの言葉を使っていないことからすると、紫の上や雲居雁の腹の立て方は、上流貴族の女性にはふさわしからぬものなのでしょう。

紫の上から明石の君に対する嫉妬の時は、どちらかというと「2」の独占欲でしょう。
また、雲居雁から藤典侍に対しても同じく、独占欲
自分よりは格下で、その女の存在で自分の立場や自分への夫の愛情が揺らぐとは考えていなくても、それでも夫の愛を分けることが我慢ならない…そういった感じです。

一方で、自分を差し置いて光源氏の正妻となった女三宮については、紫の上は「1」と「3」両方なようでした。
相手にこちらから挨拶にいかねばならぬような格下の身分であることで、源氏の「一の人」として抱いていたプライドが傷ついた気持ち。
それだけでなく、若い女三宮に対して、いずれ気持ちが移ろっていくだろうと考えて不安に思う「3」の気持ちと。

 

 雲居雁は、藤典侍に対しては「独占欲」っぽいのですが、落葉宮の際は、どうもひたすら「3」の「今まで独占してきた夫の愛情が冷めることへの不安」。プライドが傷つくという面があるのかと思うと、意外にそういう描写がない。

「1」の「プライドが傷つく」という嫉妬については、ぶっちゃけ自分から夫への愛情が冷めていても感じるものですが、「3」の「愛情不安」については、夫への愛情があるからこそ…という面もあるのかも知れません。

独占欲については、「プライド」に近いところからの独占欲と、「愛情」からきた「独占欲」と両方ありそうです。

 

結局のところ、ひたすら気位高い態度を取ってきた葵の上に対する光源氏の態度との比較からいっても、男はプライドから来る嫉妬が嫌い なんでしょう。

一方で、こんなふうに嫉妬しているのは、それだけ自分のことを愛しているからなんだな、と思えるような嫉妬は、かえって二人の仲の刺激剤にもなるし、魅力にもなる…と。

…気持ち、分かる。確かにプライド振り回して嫉妬されるのはウザいだろうと思う。うん。
葵の上については、もうちょっと可愛げのある態度を取っても良かったんじゃないかっていう気はする。

でも、でもな。

人間、生きてくのにプライドだって必要なんだし。
そのプライドを支えるものが、紫の上みたいに夫の愛しかなかったとしたら…そこが折れちゃったらどうしたらいいの、と。

それが分かっているからこそ、紫の上は、女三宮の降嫁の際、当初は源氏の愛情をさほど疑ってはいなかったかも知れないけれど、それでも折れたプライドを抱えながら、それゆえの嫉妬を光源氏になるべく見せまいとしていたんでしょう。

そして光源氏は、ひたすら「私の愛情は変わりません」と言って紫の上を慰めるけれど、問題はそこじゃなかった、と。

 

一方で葵の上については、彼女のプライドの支えどころは「出自」「身分」「地位」「権勢」など他にも色々あったので、そこが鼻につくと夫に嫌がられながらも、自分を保っていくことができた。
しかし逆に、夫の愛を誇りとすることができない状況であったがゆえに、正妻としての地位へのプライドに強くこだわりすぎて、余計に源氏と心が離れてしまっていた面があったのかと思われます。

そういった煮詰まった夫婦仲も、「子供ができる」という新しい夫婦の絆ができたことによって、良い方向に変わっていきそうだったのですけれどね。

 

 

本日の教訓。

ヤキモチを妬く時は、「アナタへの愛情ゆえ」という様子を見せながら妬くのが男には効くようです。

以上。