ふること

多分、古典文学について語ります

落窪物語にびっくりした話

落窪物語というと、ひどい継子いじめに合っている姫君が、恋人になった貴公子に助け出されて妻になり、ハッピーエンド…というシンデレラストーリーで、マンガになったり小説化もされているし、わりあい古典の中ではメジャーな方に属する物語かな?と思います。
内容知ってるという気持ちがあったために、かえって今まで原典を読んでみたことが一度もなかったんですが。

ジャパンナレッジというサイトがあって。

japanknowledge.com

月額サービスで各種辞書事典など使い放題というサービスなんですが、これを夏頃に個人契約してみて以降、古典文学全集が読み放題になったため、あれこれ読むついでに落窪物語も読んでみたのです。

 

んで。

びっくりした。

 

ヒロインの落窪の君は、まあいい。

相手役の道頼少将が、トンデモナくヤバい男で、ひっくり返りそうになりましたよワタシは。

 

まあ道頼クン、ものすご~いパワハラなんすよ。

ヒロインを虐めている家族の元から助け出して妻にし、その後は他の女には目もくれず妻一人を守り続ける…というと、一見は素晴らしく誠実で良い人みたいに思える。
しかしこれがとんでもない。

そもそもヒロイン「落窪の君」に目をつけたこと自体、「可哀想な姫君(ただし美女に限る)を助け出して保護して俺様が幸せにしてやる」という全能感を味わいたいがためとしか思えない。


彼は女が好きなわけではないんです。
完璧な自分が好きなんです。
だから浮気したいとかも思わないんです。
落窪の君が子供もぎょーさん産んでくれたから他の妻も必要なかったしね。



何しろね、ヒロインが虐められてるときに「俺の恋人を虐めやがって」とばかりに復讐を決意し、その後ヒロインを助け出して幸せな境遇にしてやった後、とことん継母や家族たちに嫌がらせを続けるんです。
トコトン、とことん、トコトン続ける。
ヒロインが反対しても、ともかく続ける。
シツコク続ける。
人非人やオマエとしか言いようがない、ひどい嫌がらせをこれでもかというほど続ける。


落窪の君を庇いこそしていなかったけれど、特別虐めていたようにも思えない姉妹たちをも、徹底的にひどい目に合わせる。
特に四の君を世の嗤い者にしたそのやり方は、「いくらなんでもそれはないだろう」としか言いようがない…
だからその部分て、氷室冴子さんの小説化ではかなり改変が加えられていたような気がします。
田辺聖子さんも、復讐部分はかなり変えていたよね確か。

まあ、いくら現代人と当時の感覚が違ったとしたって、ものすごい残虐性を感じるし、ドン引き間違いなしですよ。
保証します。
このカシオミニを賭けてもいい!


だいたいが、その復讐をやるのも、権勢ある家の御曹司として生まれたことをかさにきてあれこれやってるだけ。姉妹が入内して皇子を産んでて外戚で権力あるから…ってだけ。


そうやってギリギリまで追い詰めておいて、最後にはコロッと手のひらを返して今度は優しくし始め、これでもかというほど優遇して自分の力を思い知らせるのです。
そこまでのシナリオも、最初から思っていた通り…みたいなことを道頼クンはうそぶいてます。


とんでもないパワハラモラハラ。DV野郎なんだよ道頼クン。
その矛先がヒロインに向かなかったから良かったね、としか言いようがない。


ダメや。オマエ駄目なヤツや道頼。
わたしゃダメ男大好き人間ですが、オマエはあかん。


ともかく、落窪物語の原典を「ハッピーエンドのお話を読んでほんわかした気分になろう」と思って読むと痛い目みます。


でも前半、落窪の君を助け出すとこまでは面白いよ!
女房のあこぎが、どうにか落窪の君の顔を立てて道頼クンをもてなそうと奮闘するとことか。

ちなみに、全四巻のうち、二巻の始めぐらいまででヒロインは助け出され、そのあと三巻の半ばまで、延々と陰湿な復讐が続き、途中で大団円的になって「ようやく終わった」と思ったら、なぜかそのあと「これでもか」っつーぐらいに道頼クンが落窪の君の実家の中納言一家を優遇する話などが続いて、四巻の最後まで延々と続きます。

もうええっちゅうねん。

あまりに長いので何かもう一波乱あるのかと思いつつ読みましたが、そんなことは何もなかった。

wikiによれば、第四巻は清少納言が書いたという説まであるらしーんですが、それが本当だったら清少納言の名折れになるのでそんな説はやめといた方がええと思います。

 

ともかく落窪物語で一番魅力的なキャラは、性悪を貫いた継母の北の方だ。
それだけは確信した。

 

というわけで酷評気味ですが、道頼クンの容赦ない残酷な復讐っぷりを見てると、それがそれで読者に受けてたってことなんだろ~から、平安時代の人たちっていわゆる死刑見物をエンターテイメントにする大衆系の人たちだったのかもな、と思いました。