ふること

多分、古典文学について語ります

八十歳童貞魔法使い…じゃなかった、老僧の純真な欲望話

別に古典で下ネタ話ばっかり探して読んでるわけではないんですが、ついつい目が止まってしまったりはします。

 

宇治拾遺物語、巻四の8に、面白い話を見つけました。

命婦(源祇子)という女房がいて、その人は清水寺にいつもお参りしていました。彼女の師は法華経八万四千余部も読み、戒律を守ってきた八十歳の清い僧でした。
三十歳どころじゃありません、その2.7倍ほどの八十歳でございます。

魔法使い通り越して仙人とかそういうレベルでございますね。

し か し 。

爺さん、せっかく人生八十年を清く正しく童貞として生きてきたのに、若く美しい進命婦という弟子?を見て「欲心を起し」、あげくに病気になって死にそうになってしまいます。
様子を怪しんだ弟子たちが師に問いただすと、この老僧は

「まことは、京より御堂へ参らるる女に近づき馴れて、物を申さばやと思ひしより、この三か年不食の病になりて、今はすでに蛇道に落ちなんずる。心憂き事なり」

「実のところ、京から御堂に参詣なさる女に近づき慣れ親しんで物を言いたいと思ったことから、この三年物を食べられない病になって、今はもう死んで蛇道に落ちようとしているのだ。辛いことだ」

 と白状します。
ってか、弟子にそんなこと言えちゃうんだ。純だなあ。

 

そして白状されたお弟子さんの反応というのも、なかなか甲斐甲斐しい。

なんと、進命婦ご本人のところに行って、「うちのおっ師匠さん、こんなこと言ってまっせ」と話しちゃうんですね。


そうしたら進命婦は老僧のもとにやって来ます。
この老僧は、三年もの間、頭を剃らず、髭や髪が銀の針を立てたようになっていて、鬼のような外見であったと。

しかし、それでも進命婦、ひるみません。

恐るる気色なくしていふやう、「年比(としごろ)頼み奉る志浅からず。何事に候(さぶら)ふとも、いかでか仰せられん事そむき奉らん。御身くづほれさせ給はざりし先に、などか仰せられざりし」

命婦が恐れる様子もなく言うには、「長年、師としてあなたを頼みにお思い申し上げてきた私の志は浅からぬものです。なにごとでありましょうと、仰せになることにそむき申し上げることなどあるはずがございません。なぜ、お体が衰えなさってしまわれる前におっしゃって下さらなかったのですか」

言ってくれればやらせてさしあげたのに、なぜそんなに弱ってしまってくずおれるまで言って下さらなかったのですか?


くずほれさせ給はざりし先に」っていう言葉の選び方が笑えますね。文字通りっていうか単刀直入っていうか。

八十歳の童貞おじいちゃんを前にして、「元気があればやらせてあげるわよ」って、この人まだ二十歳前後とか、そんなもんだと思うんですよ年齢は。
かなりの太っ腹ねーちゃんです。

 

その言葉を聞いて感激した老僧は、八万余部読んだ法華経の中から最も功徳のある文句をあなたにさしあげます、と言って、

俗を生ませ給はば、関白、摂政を生ませ給へ。女を生ませ給はば、女御、后を生ませ給へ。僧を生ませ給はば、法務の大僧正を生ませ給へ。

俗人をお産みになるならば、関白・摂政をお産みになられますように。女をお産みになるならば、女御、后をお産みになられますように。僧をお産みになるならば、法務の大僧正(大寺院の最高の僧職)をお産みになられますように。

と言うやいなや死んでしまったのだそうです。

そして、実際にその進命婦は、藤原頼通藤原道長の嫡子)に愛されて、それぞれ摂政・関白になった藤原師実後冷泉天皇に女御として入内し皇后になった藤原寛子、覚円(園城寺法務・天台座主)を産んだということですよ…

と、ハッピーエンドなお話になっております。

 

頼通の正妻やもう少し身分の高い妻には子がなかったり、若死にしてしまったりしたことから、身分が定かでない進命婦(源祇子)が産んだ子たちが頼通の嫡子扱いになって、それぞれ出世したということなようです。

 

ある意味微笑ましいエピソードなのですが、何ていうか現代的感覚よりももっとおおらかな雰囲気がありますよね。

八十歳まで戒律を守って不犯で来た老僧がうら若い女に欲情を抱いたことに対して、弟子とかも「そんなとんでもない…」とか「うげ、キモ!」とかいう反応ではなく、師匠に同情して進命婦に話をしに行くわけです。

その上で、当の命婦の太っ腹な返答。


確か、空を飛べる能力まで身につけた仙人が、川で洗濯をしている若い女の太ももを見て欲情し、墜落しちゃったなんていう話がどっかにあったと思うんですが、悟り澄ましたようでも、いくつになっても人間の本能というか欲情っていうものは、ふとした隙に襲いかかってきて人を捉えたりするものなのでしょう。

老いてなお欲情に囚われた苦しみは、ある意味みにくくも滑稽な姿でもあるのですが、若者たちに温かい眼差しを向けられ、受け入れられることによって、言祝ぎを残して老人は安らかに死んでゆきます。

 

いいなあ、この進命婦のキャラ。自分にゃ無理だろなって思うけどね!