ふること

多分、古典文学について語ります

物語の姫君との恋愛は「同意のない性行為」で始まらざるを得ないのか

…あんまりなタイトルですけど、でも気になりませんか。王朝物語において、姫君との恋愛の始まりって、たいてい「ゴーカン」じゃありませんか、って。

もちろん、最初は和歌のやり取りで始まり、訪問するうち、簀子→廂の間→御簾の内とか、徐々に近づいていって、関係成立後は3日通って三日夜の餅…とかそういう通常の手順のことを言いたいのではなく。
男女の恋愛を「物語」として描き出す時、ドラマティックで「普通じゃない恋愛」にするためか、どうしてもこう…男君が女君を見初めて、忍び込んだり何だり、ともかく相手の同意なく関係を持つところから恋愛が始まる~みたいな話、多くありません?

 

光源氏と若紫だって何かと無理やりだしー。


そもそも源氏の恋人で「姫君」といっていいような身分の女性の中で、関係を持つ時に最初から同意があった相手ってどれぐらいいるのかな~。


通常の手順を踏んで結婚した大殿の上(葵の上)はまあともかくとして…といっても、本人はわりあい不本意だったっぽいけど。


六条御息所だって、「夕顔」巻に

とけがたかりし御気色をおもむけ聞こえたまひて後

ってあるので、御息所の気が進まないのを、源氏が無理に従わせたようだし。どうせ女房口説いて忍び込んで強引にヤっちゃったんでしょ。

 


朧月夜尚侍は…うーん、かろうじて同意あったみたいなもんかな。
朧月夜が人を呼ぼうとしたところを

まろは皆人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ
私は誰からも許されていますから、人を召し寄せてもどうにもなりませんよ 

 とかのたもうて制止し、結局

女も若うたをやぎて、強き心も知らぬなるべし

女も若くてなよやかで、強く拒む心もなかった 

 みたいに強く拒否もしなかった感じで、まあ「拒否はしなかった」というあたり、積極的な同意とまでは言いづらいかも知れないけれど、若紫や空蝉とかと比べれば、そんな強引に従わせた感じではありません。

この「たをやぎて」というニュアンスって、「物柔らかで」とか「優しい」とか「しとやか」とかそんな感じに訳すんだけど、もともとのニュアンスって、強い力にしたがってしなうとか、そんな感じで。
要は、男に気づよく抗うことなく、優しくなびきやすいような性格っていうんですかね。ここは、朧月夜が若くてまだ深い分別もなく、なびきやすい性格だったとか、そんな感じですかね。

 

花散里との馴れ初めは分かりません。ただし、彼女との馴れ初めは、彼女の姉が麗景殿の女御だったところから、彼女が宮中に遊びに来ていた折のことだったようです。


女三宮と源氏は…あれはそもそも恋愛じゃない
柏木と女三宮は、いうまでもなく無理やりですね。

藤壺とは、最初の逢瀬がどんなだったかは物語に描かれていませんが、その後の逢瀬で藤壺の方から源氏を引っ張り込んでいる様子は一切ないので、大なり小なり忍び込んで無理やりだったんでしょう。

朝顔斎院とは、女房に手引を頼めば無理に関係を持つこともできたのだと思いますが、源氏は引き下がってそこまではしていない。

 

こう考えても、やっぱり基本「無理やり」が多いですね。

姫君といえるような高い身分の女性は、家の奥深くにいるものなので、素晴らしい姫君と描けば描くほど、男に姿を見せたりしないものですし、姫君との恋愛を始めるとなるとどうしても「忍び込んで無理やり」(若紫に至っては、誘拐して育てた挙げ句無理やり…)というパターンじゃないと、関係を進めようがないわけですよね。

夜半の目覚めでも、落窪物語でも、姫君との馴れ初めは最初は「忍び込んで無理やり」。

 

ただ、なかなか恋愛のきっかけを作りにくい姫君相手に関係を進ませるための舞台装置として、例外として「宮中での出会い」というのがあります。

源氏と朧月夜でも、花散里ともそうですが、たとえばとりかへばや物語にて、右大将の妹姫に想いをかけていた宰相の中将が、妹姫が宮中に出仕して尚侍になることが決まった時、

なかなかきびしき窓のうちに籠りたまへりしほどこそ思ひ及ぶ方なかりしか、なかなかかかる方にたち出でたまへるはいとうれしくて

かえって人目も厳しい深窓(親の屋敷)に籠もっていらっしゃるうちは、思いを届ける方法もなかったけれど、かえってこうして宮中に出ていらっしゃったのは大変嬉しくて

と喜んでいる描写もあり、やはり親の屋敷の奥にいるよりも、宮中の方が何かと近づきやすかったらしいです。

女の側からも、屋敷の奥にいるよりも、男たちの様子を見る機会が多いですしね。

 

つまり、

・宮中で出会って恋愛する

・男が姫君をかいま見て片思い→忍び込んで関係持ってしまう

この王道パターンのどちらかでないと、王朝物語における自由恋愛の話は進めづらかったってことですね。

 やはり高貴な姫君があまり積極的では品がないみたいな扱いにはなりますし…。ヒロインを美しく高貴で素晴らしい女性に書こうとしたら、どうしてもそうならざるを得ない、みたいな。

「とりかへばや」「有明の別れ」の男装の女主人公すら、男と関係を持つ馴れ初めは「無理強い」だしなあ。

物語の姫君は、無理強いで始まる恋愛しかできないんじゃないかって観もあります。

 

…しかし。

しかし、ですよ。

 

源氏物語には、高貴な姫君なのに、そういう出会いのパターンから外れた、お互いの同意があるところから始まる恋愛も描かれています。
さすが紫式部…という感じで、「高貴な姫君」でも、そういう恋愛で姫君の価値を落とさないよう、構想の段階からがっつり仕組まれているのです。

…という話をこの次に。